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矛先

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1.

 ある少年が中学二年生になる頃にメールが一通届いた。件名には何も書かれておらず、アドレスも見覚えのないものであった。唯一本文に記されていたのは動画サイトへのリンクだった。
 少年はインターネットを用いるようになって数年と経った頃で、ネットの危険性というものを薄々感じる程度には警戒心を持っていたが、迷惑メールにも分類されずメールボックスに届いた不思議なメールをついつい開いてしまった。どうせ今流行りのブラクラ画像だろうと思いつつ見たその動画には中学生の目にはとても異様な光景が映し出されていた。
 武装した外国人が数人、縛られ目隠しをされている男の前で話し合っている。一人の男が突然携帯電話を取り出し、何かを話し始めていた。その動画には英語で字幕が書かれており、その少年が持つ並みの中学生の知識でmotherとkill、そしてterroristという言葉だけは理解できた。電話をしながら男は拘束された男の頭を撃った。
 少年がその光景を理解するのに動画を数回見返す必要があった。最初に見た時は初めて人が殺される映像を目撃したことに大きなショックを受け、状況を理解するよりもまず彼は頭痛を覚えた。次の日に見返し、更に次の日も見返し、つたない英語力を用いてその男性は母親に電話をしながら男を射殺している音を聞かせているということが理解できた。それを理解するとまた少年は頭痛に悩まされた。
 次の週、同じアドレスからメールが送られてきた。同じように件名がなく、本文にURLが一つ記載されているだけであった。少年は恐る恐るその動画を見た。内容がまた残酷なのを知ると彼はすぐにウィンドウを閉じた。彼にはその動画を見る勇気が無かった。
 その次の週も、またその次の週も、少年が中学を卒業する日まで、その見ず知らずの人物は少年に残虐な映像を送り付けた。最初のショックを忘れた四週目あたりに彼はまた動画を見るようになった。彼の好奇心はショックを上回ったのであった。
 雄叫びを上げながらナイフで日本人の首を切り裂く褐色の人、裸の死体となった女性を引きずりながらそれをカメラで撮影し続ける映像、白人男性の身ぐるみを剥いでAKを持った黒人が町中走り回す映像。中学時代の彼はひたすらそのような動画を見ては、何事も無かったかのように学校へ通った。
 周りがポケモンで戦い合っているのを横目で見ながら、彼は戦争のことについて考えた。バーチャルではあるが少年同士が行っていたそれは戦いであった。勝っては喜び負けては悔しがり、時には腹いせに相手のデータを消したりする。校則で禁止されているゲームの持ち込みを掻い潜ってまで闘争心を働かせている同級生に彼は一種の恐怖を覚えていた。これは映像の向こう側で残虐な行為をしている彼らと一体何が違うというのだろう、少年は何より自分も映像のこちら側の人間であることが恐ろしかった。
 彼が高校に入学すると、その送り主は違った趣向の映像を送るようになった。それはサダムフセインの処刑の映像であったり、同じ人種と思える二人の人間が、片方が捕虜となりそれを無残に撃ち殺す映像であったり、またリビアで空襲に苦しむ人々であったり。それらは全てより巨大な力が一方的に暴力をふるう、そういう映像であった。
 高校でより細かい歴史事情を知るようになった少年は、これらの戦争の経緯を今まで以上に理解するようになった。米国によるイラクへの武力介入、ベトナム戦争、そしてリビアの内戦。戦争は彼にとって正義の執行について考えさせた。
 中学時代に見たあの映像と、そして高校に入って見るようになったこの映像。どちらも残酷で無慈悲で、しかし立場が全く違っていた。彼が特に何度も見返した映像はある映画の一部であった。
 ベトナム戦争で狙撃兵をしていた少女を米軍兵士数人が追い詰め、銃撃戦の後虫の息の彼女に近寄る。見下ろすように彼女を囲む三人の兵士、そして自らのこめかみに人差し指を突き立て、shoot, pleaseと言う少女。最終的に米兵の一人がピストルでその少女を殺す。
 確かに、その狙撃主は卑劣な行為を行った。一人の米兵を動けない状態にして、それを助けようとする兵士を狙った。兵士は仲間を助けようにも助けに行けない、そんな状況に追い込んだ。しかしその仕返しに少女を殺すことは許されるのだろうか。苦しませないように相手を殺すことは慈悲なのだろうか。慈悲とはなんなのだろうか。そしてやはり少年は、あくまで自分が画面のこちら側の人間であるということを痛感した。
 少年はいつしか画面の向こう側を自らの目で見たいと思うようになった。戦争が起こることの理不尽さや虐殺されていく人々を守れない無力さを必要以上に感じ取った彼はそれをどうすることもできないと受け入れたが、少なくともその世界を実体験することがせめてもの救いなのではないかと思うようになった。現地に行くことが本当に救いなのかは彼には分からなかったが、せめて何かしたいという思いは日々募っていった。彼が高校三年になる頃にはメールは届かなくなった。


2.

 少年は高校を卒業し青年になり、陸上自衛隊に二等陸士として入隊した。イラク派遣に参加していた自衛隊に彼は画面の向こう側に行く手だてを感じていた。三ヶ月の基礎訓練で彼は徹底的にしごきあげられ、軍人としての一歩を歩み始めた。
 青年は普通科に配属されることを熱望した。あまりそういう人が居なかったせいか、はたまたただ運が良かっただけなのか、彼は難なく歩兵になることができた。彼にとって歩兵になることはとても重要であった。機甲科や航空科等の間接的な舞台に配属されるわけにはいかなかったのだ。直接的に戦場を見るには、自らの足で戦場に赴き、その先で小銃を敵に向ける必要があると感じていた。
 しかし彼が初めて人を殺したのは戦場ではなく、射撃訓練場であった。射撃訓練に励んでいた青年は、不可解にも標的の前を横切っていた隊員を誤って射殺してしまったのであった。青年は自分が何をしたのかすぐさま理解できなかった。照準器を的に合わせ引き金を引いたとき、軽い破裂音と共に肩に小さな振動が走り、的に当たったと思ったら的の横で緑の残像が倒れるのを眺めた。立ち入り禁止区域を横切っていた男を射撃指導教官も他の隊員も誰一人として何もできず、ただただ見ていることしかできないのであった。
 マスコミはそれを大きく取り上げた。もちろん起こったことは事故であり、青年は何の罪にも問われなかったが、青年にとってこの事件は彼の脳みそを掻き回すような出来事であった。
 青年は人を殺してしまったという事実に動揺していない自分が理解できなかったのである。引き金を引く、という軽すぎる動作のせいで青年は的に弾を当てる以上のことを考えていなかった。そのせいなのだろうか、はたまた彼が中高時代に残虐すぎる映像をひたすら見ていたから死への耐性がついてしまったせいだろうか。青年は一週間ひたすらたじろぎ、休暇をもらってもなお実家で一人悶えていた。
作品名:矛先 作家名:木戸明