エイユウの話~冬~
「・・・二ヵ月後、ですね」
ばれないようにこそこそと話し合っていた延長での喧嘩だったので、アウリーのその言葉は素直に二人の耳に届いた。思わず二人はアウリーを見る。彼女はもう一度、スケジュール帳を見せながら言った。
「あと二ヶ月近くあります」
もう話し合うまでも無かった。一ヶ月幽閉され、更に二ヶ月も残っている。キースの精神の無事は保障できないだろう。最低の安全保障も、いつまでが有効期限が切れてもおかしくなかった。もともと、キースという存在は、死んだとしても気付かれないくらいに薄い。
キサカは勢いよく立ち上がった。が、バランスを崩してよろける。なんとか転ばなかったのは、倒れた方にいたアウリーが支えてくれたためである。
「大丈夫ですか」と尋ねられたキサカは、ぶわっと顔を赤くした。支えてくれた相手がアウリーだったこと以外に、疲れていることを悟られないように行動していたからだ。彼はさっさと無事を告げると、すぐに自力で立った。何もついていないのに、芝を払うようにパンパンとコートをたたく姿を見て、ラジィがひらめく。
「・・・もしかして、夜も寝ないで考えてるの?」
「違ぇよ」
顔はこちらを向いていないが、はっきりと見える耳が、ほの赤い彼の髪より赤らんでいた。ばれたのが相当恥ずかしいんだと、ラジィとアウリーは二人して笑う。
しかし、彼の否定は嘘ではない。
最近、彼は確かに眠れていなかった。寝なかったのではない、眠れていなかったのだ。彼が睡魔を感じてうとうとし始めると、妙な耳鳴りがする。そしてそのまま眠りにつくと、夢の中で必ず会う、あの男と。
真っ暗な世界に、キサカは一人立ち尽くしているところから夢は始まる。目の前にはあの男がおり、三日月のように口角の上げて、にっと歯を出して笑っていた。あの囚人服を着ていて、それの白だけが唯一色を感じさせた。彼の手をつながれているのに、どんどんキサカに近づいてくる。
「助けたいだろう、友人を」
「殺したいだろう、導師を」
「救いたいだろう、愛しい人を」
「憎らしいだろう、全ての生徒が」
その四つをずっと、呪文のようにくり返す。さすがのキサカも走って逃げるのだが、そのささやきは止まらない。暗闇の中は何も見えなくて、闇雲に走るしかなかった。しかしいつの間にそこまで近づいてきたのか、キサカの耳元で言うのだ。