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シークレットガーデン

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シークレットガーデン



「じゃこれでミーティングを終わりにします。お疲れさまでしたー」
 代表の言葉に私たちはお疲れ様でした、と返し、私はうーんとうなりながら伸びをする。肩が凝った。ここしばらくパソコンに向かっている時間が増えているからだろう。
このところぷらすは忙しい。再来週に学祭、一か月後の七月に東京最大規模の学生NGO、inter-peopleとの合同キャンプが控えているからだ。
「ありさ、これインターさんからの資料だって」
メンバーが三々五々ミーティングルームを退出する中で、会計兼渉外担当の花田さんが私を呼び止めた。
城北学院大学の学生国際支援NGO『ぷらす』は小さな団体だ。メンバーは院生を含めて全員で十六人。役員は大体みんななにかしら兼任している。
ファイルに挟まれた分厚い資料を渡される。合同キャンプのパンフレット作りは私の仕事になっている。ぷらす側の内容は先週までに決まっているので、あとはこれを編集して印刷所に渡せばいい。inter-peopleのカラフルでオシャレなパンフの中ほど、『理念』の部分の三番目にそれは書いてあった。
『私たちは学生の向こう見ずな支援をなくします』
その言葉は私の心の中で何度も反響した。

「ありさこれからすぐ帰るの?」
花田さんはノートパソコンを閉じながら言った。黒髪のポニーテールが揺れている。私はその周りにくるりとまかれたターコイズ色のグラデーションのシュシュを眺めた。
「はい。明日から友達が遠征に行くらしいので、一緒にご飯食べることになってるんですよ」
「遠征? スポーツか何か……あぁ、例の子かぁ」
花田さんは笑った。あんたも良くやるよねえ。彼氏の友達でしょ?その子、とつづけながら。
「ていうかぁ、彼氏がルームシェアとか私耐えらんないなぁー、生理的にムリっていうかー、……あっもしかしてーその二人デキてたりして」
ははは、と私は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
花田さんは仕事もできるししっかりしたいい人だ。
だけどそれと偏見は関係がない。

内心無表情になりながら私は花田さんとミーティングルームを出て別れた。駅に向かう道すがら私は肇ちゃんに頼まれていた買い物を済ませた。
私の彼氏である肇ちゃんと出会ったのは大学一年のときだった。きっかけはもう忘れてしまったが、なんにしろすぐ仲良くなったことだけは覚えている。性格はあまり似ていなかったから不思議だった。それから、どちらともなく交際を申し入れて、そのとき肇ちゃんはこういった。
「友達とルームシェアしてるんだけど、それでもいいか」
男の子同士でルームシェアなんて珍しいなあ、と当時の私はその程度にしか思わなかった。むしろ、そんなところまで了承を取ることの方が不思議だった。
そして招かれたアパートで、ドアを開けた向こうで瞳が印象的な美しい男の子がこちらを向いて、「おかえり」と言った。
それが私と結城くんの出会いだった。

電車の中で私はうとうとしていたようだった。両手で抱えていたカバンがずり落ちそうになる。ハッとして抱え直し、少し考えてからinter-peopleのパンフレットを取り出した。
『私たちは学生の向こう見ずな支援をなくします』という細い角ゴシック体をなぞる。
私がその人と出会ったのは確か池袋の交差点だった。当時若さと傲慢さに満ち溢れていた女子高生だった私は、友達と一緒に街頭募金のボランティアに「私たちは家出少女で、おなかがすいているから何か食べさせてくれ」と言って困らせる遊びをしていた。生意気でひねくれていた私たちはボランティアは無意味でバカバカしいと思っていた。一番バカバカしいのは、そういう考え方がカッコいいと思っていたことだった。
その日私は一人だった。あの年代の若者の常として、何をするにも集団でないといけない。だから私はいつもの遊びをするつもりはなかったのだけど、その日街頭に立っている人たちの様子はいつもと違った。何人か固まって立っていた若者たちの中心にいた青年は目を引いた。他の誰よりもはきはきした様子で、道行く人に募金を呼び掛けていた。まるで、募金を集めれば本当に世界中の困っている人たちが救われると信じ込んでいるように。その様子が気に入らなかった。だから声をかけたのだ。一人でも。
「ねぇ、お兄さん」
ん? とこちらを向いた青年は人好きのしそうな顔だった。
「私家出してきて昨日から何も食べてないんだ。何か食べさせてくれない?」
「……いいよ。ただし、これが終わるまで待っててね。三時半には終わりになるから」
少し逡巡した後でニコッと笑って彼は言った。
今までこんな答えをした人はいなかった。私は無性にその笑顔にムカついた。
「馬鹿じゃないの」
どんだけお人良しなんだよあんた。そんなんじゃ集めたお金全部とっていかれちゃうよ。
「ねえ、こんなことしてなんか変わる? こんなの全部無駄じゃない、バカバカしい」
今になって思えば中身のないからっぽの言葉だ。
ぽん、と青年は私の頭に手を乗せて言った。不敵な笑みだった。
「そこでちょっと待ってな。パフェ奢ってやる」

かくしてきっかり三時半になったら、彼は道具を片付けて私の座っている植え込みにやってきて、「行こうか」といった。
私はさっきまで飲んでいたメロンジュースのカップを捨てて、彼の後についていったのだ。

彼に連れられて行ったのはレトロな喫茶店だった。そう、今どきの『カフェ』ではなく、『喫茶店』という感じの。
窓際の席に座って、注文を取りに来たウエイトレスに彼は「パフェ二つ」と言った。
彼は水を一口飲んで、俺は浩紀、君は? と尋ねた。私はそこで彼をまじまじと品定めするように見た。
ミリタリーコートにはき古したジーンズ。無造作に短く整えられた黒髪。顔立ちは精悍で、男っぽい感じ。決して優男ではないが、きっと私のクラスメイトにはキャーキャー騒がれそうな……。
「……ありさ」
ありさね、よろしく。そういうと彼、浩紀はテーブルの上で手を組んで微笑んだ。

しばらくすると先ほどのウエイトレスがパフェを盆に載せて運んできた。大ぶりなそれを目の前に浩紀はニヤッと笑った。細長いスプーンで生クリームとソフトクリームの山を切り崩していく。大の男が華やかなパフェグラスを前にがっついている光景というのはなかなかに珍しかった。まじまじと見ている私に気付いたのか、バナナをほおばりながら聞いた。
「どうした? 君も食べろよ」
私はスプーンを取った。きれいに絞りあげられたクリームを掬おうとして、やっぱりやめて、スプーンを置いた。
「……誰にでもこんなことするの」
「うん?」
浩紀はスプーンを持ち上げたまま上目づかいにこちらを見た。
「誰にでもこうやってパフェ奢るの?」
「まさか」
そう答えて浩紀はチョコレートシロップがかかったソフトクリームを口に運んだ。口の中でむぐむぐいいながら、続ける。
「俺がパフェを君におごったのは、君がかわいい女子高生だったからだ。俺は女子高生が好きだし、かわいい女の子とお近づきになれる機会があったら逃さないことにしている」
「女の子にお茶に誘われて断る男がいるか? あ、あとでメアド教えてくれ」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声を上げた。
作品名:シークレットガーデン 作家名:坂井