ACT ARME 7 キレイゴト
ハンスはこのことを知っていたのだろうか。レックは考えたが、すぐにやめた。真相がどちらであろうと、自分が空しい思いをすることは目に見えている。
誰も、何も聞いてこない。レックとハンスの決着がどうなったか、ハンスはどうなったのかを。
でも、だからこそレックは話した。自分のわがままに一切のためらいなく従ってくれた仲間に。
「ハンスは、あの中に残っているよ。天井が崩れて・・・助けようとしたけど、駄目だった。」
「そっか。」
レックも、他の皆も、後に続ける言葉が見つからず、そのまま沈黙が続いた。
「一つ、お願いしていいかな?」
「何?」
「ボクを起こしてほしいんだ。自分の力だととてもできない。」
「わかった。」
ルインに抱えられ、ゆっくりと上半身だけを持ち上げる。そこには、赤く燃えて揺らめいている一本の火柱があった。
レックは何も言わず、ただそれをじっと眺め続ける。
「後悔してんのか?」
この声は、グロウだ。レックは前を見つめたまま答える。
「いいや。ボクは全力を出した。グロウにだって胸張って言えるほどに。
だから、後悔なんてしてないよ。」
レックの中には不思議と後悔という感情は湧いてこなかった。生来の親友と全力でぶつかりあって、本音をぶつけ合って、最後にほんの少しだが笑いあって。その記憶は、決して後悔するものなんかではないことは、レック自身が一番よくわかっていた。
だから、後悔なんてするわけない。その思いに、一片の嘘偽りはない。
けど、だけど・・・
「ボクはハンスを、助けたかったなぁ・・・。」
その未練だけは残った。
レックはそのまま、ゆらゆらと立ち上る火柱を眺め続けた。一切微動だにせず、じっと見続けた。
ほかの仲間も、何も言わず、待ち続けた。
そのあと駆けつけた治安部隊と救急隊によって火は沈下され、重傷、いや重体のレックはすぐさま病院へと運ばれ、ほかの面々も各自治療を受けた。
報酬は、プロメテウスの確保ができなかったため、依頼遂行とは言えないからもらえないというルインと、街の危機を救ったという意味では何一つ問題ないから受け取れというヒネギム係長との水掛け論が繰り広げられ、当初の報酬の半額を受け取るということで落ち着いた。
それから一週間が経った。
ルインはいつものように本格焙煎式のコーヒーを味わっていると、階段から誰かが降りてくる音が聞こえた。
「おはよう、レック。傷の方はもう大丈夫なの?」
「うん、まだ少し体が痛むけど、概ね良くなったよ。」
その言葉通り、まだ少し歩き方に違和感がある。だが両者とも気にせず、レックはルインの向かい側に座る。
「・・・コーヒー。ボクももらっていいかな?」
「ん?ほい。どうぞ。」
そういうとルインは、まだ中身が入っているコーヒーメーカーをずいっと差し出した。
「あ、カップに注ぐのは自分でやらないといけないんだ。」
「今はまだ飲んでるからね。飲み終わるまでは席を立たない。これが僕のポリシー。」
キリッとした表情で誇らしげに語るルインは放っておいて、レックはカップを取りに行く。
「にしても珍しいね。レックがコーヒー飲むなんて。てか、これ飲むのは初めてじゃないっけ?」
「ん?まあね。いつもルインが美味しそうに飲むから、ボクもなんか興味湧いてね。」
少し照れくさそうに話しながらカップにコーヒーを注ぐレックに、ルインがボソッとつっこむ。
「本当は、だいぶ前から飲んでみたかったんじゃないの?でも僕が買ったやつだから、飲むのをためらってたんじゃない?」
コーヒーを注ぎ終え、口元までカップを運んだ手が止まる。
「どうして、そういうふうに思ったのさ?」
「その発言は、僕の質問にYESと答えたと見てあってるかな。まあ単純な話、僕がこれ飲んでる時に、たまにレックからの視線を感じていた。だとすると、レックがホモでもない限りは、コーヒーにこれを飲みたかったんじゃないかなって思っただけ。」
なにか反論は?と言わんばかりに目線を投げかけたルインに、レックは大人しく降参した。
「やれやれ、思っていたよりもボクは観察されていたんだね。」
「まあ、相手を口責めでいたぶるためには人間観察は必須項目だからね〜。自然と身につくよ。」
あまり自慢にならないことを自慢気に話されても反応に困る。
「それで?傷以外の方はどうなの?」
こういう質問を躊躇なくできるのは、見習うべきかどうかは別として、一つの大きな特徴なのだろう。
「 ・・・そうだね。」
レックはゆっくりとカップを机に置いた。
「あの時言った言葉に、嘘偽りはないよ。それは間違いなく本当だよ。でも、すっきりしているかどうかと言われたら、それには頷けないかな。」
「ま、そうだろうね。さすがのグロウも、あの時ばかりは自重してたし。」
「でも、だからといってこのままへこんでいるつもりはないよ。最後に、ハンスに言われたんだ。」
「何て?」
「『お前は、お前のその綺麗事におぼれてから死ね』だって。」
「そっか。で?レックはその言葉に従うの?」
「従うというか。最後にハンスがボクに託してくれたものだから。これから先大切にしていこうって思ってる。
きっとこの言葉は、ボクとハンスの、二人の夢だから。」
レックは、そっと腕のリストバンドに手を添えた。
作品名:ACT ARME 7 キレイゴト 作家名:平内 丈