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風のごとく駆け抜けて

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部活紹介の翌日、私達は新入部員2人の実力を思い知らさせれる。

「今日は新入生歓迎3000mタイムトライをやるからな」
アップ前のミーティングで、永野先生があきらかに思いつきで言う。

紘子はともかく、朋恵にいきなり3000mは酷すぎないだろうか。
下手をするとそのまま部活を辞めることにもなりかねない。

「あの……3000mを走るのは初めてですが、頑張ってみます」
私の思いをよそに朋恵はやる気を見せる。

そして、そのタイムトライ。

「9分43、44、45。聖香、9分45秒」
ゴールと同時に晴美の声が響く。
私はあまりの苦しさに息絶え絶えになりながらも、晴美に近付く。

「ひ……紘子のタイム……いくつ?」
「9分30秒かな」
いきなり「今日はタイムトライをやる」と言われ、それだけのタイムで走るあたり、やっぱり紘子の走力はとんでもないものがあった。

今日もまともに付いていけたのは1000mまでだった。
そこからはじわじわと離されて、結局15秒も離されてしまった。

あっさりと新1年生に負けてしまったのに、不思議と悔しさはなかった。
駅伝と言う競技を考えた時に、絶対的なエースがいるのは頼もしい。

でも、自分がそのエースでありたいと言う思いはあまりなかった。

私が目指しているのは、昨年の夏に見たあの永野先生の走りだ。
確かにあの走りはタイムもとんでも無かったが、それ以上に強かった。

みんなから信頼され区間を任される、そう言う強さが欲しいと思う。
もちろん、速さがあるのに越したことはないのも、十分に分かってはいるが。

「朋恵ちゃん、あと4周」
晴美の声が耳に入り我に返る。

「あと4周? 晴美数え間違えてない?」
「いや、間違えてはないかな。朋恵ちゃん、キロ6分20秒ペースだから」

そのペースを聞いてちょっと驚いた。
私が普段ジョグをするペースより遅かった。

あまりにビックリして、晴美に「なぜ、ちゃん付け」と突っ込むのを忘れてしまった。

朋恵は19分ちょうどでゴールする。

さすがの永野先生も言葉を失っており、「しばらく彼女は別メニューですかね」と言う葵先輩の提案に「そうだな」と答えるのが精一杯だった。

当の朋恵は「3000mって長いですね。私、もっと頑張ります」と、か細い声ながらも、前向きな発言をしていた。

終わった後も紘子と一緒にダウンをしており、1年生同士仲も良いようだ。

「そう言えば今日、永野先生の所へ入部届を出しにいったら、胸揉まれましたし」
永野先生、今年もそんなことをしているのか。
まったく困ったもんだ。

新学期も2週間が過ぎ、新入部員の2人もかなり部に馴染んで来る。
そんな中でふと、紘子の1人暮らしが話題に上る。

「別に普通ですし。なんだったら見に来ますか?」
紘子はややあきれ顔だったが、私も含めて全員が是非行きたいと言うと、ますますあきれていた。

「おじゃましま〜す」
「おぉ、本当に綺麗だぁ」
「綺麗と言うか、殺伐としてない?」

玄関に入るなり、みんなが思い思いの感想を口に出す。

確かに私としても麻子の言う通り、どちらかと言うと殺伐としていると言う表現がしっくり来ると思った。

「自分、物を色々置くの好きじゃないですし」
紘子自身が言う通り、玄関を入ってすぐ右手にある流しには、スポンジと洗剤それに2、3枚のお皿が入った水切りカゴとまな板があるだけだった。

「紘子は料理しないのかな?」
「失礼な晴美さん。こう見えて料理は得意ですし」
台所周りもさることながら、その向かい側にある洗面所周りも綺麗に整理されており、石鹸と歯ブラシがぽつんと置いてあるだけだった。

そっと引き出しを開けて見ると、色々と物が入っている。
どうも、見える所には最小限の物だけを置き、他は引き出しの中に綺麗にしまうと言うのが紘子のスタンスらしい。

それが分かると、さっきまでの殺伐とした感じが、凛とした静けさへと変わって行く。
 
あぁ、姉にも見せてやりたいものだ!

玄関をそのまま真っ直ぐに進み、ドアを開ける。部屋の大きさは8畳といったところだろうか。

部屋の右側には奥からテレビ、机、本棚、タンスが並んでいる。
机の上にはノートパソコンもある。
部屋の左側にはベッドが置いてあるだけだった。
ベッドの横の壁には制服が掛けてある。

部屋の中もシンプルで、これが紘子の部屋にある物のすべてだった。

「あら、部屋の中も何もないのね」
「あ……でも大和さん。一昨日はベッドの向こうに、ダンボールが折り畳んで置いてあったんですよ」

朋恵の説明を聞いて私が真っ先に驚いたのは、この部屋にすでに来たことがあると言う事実だった。

麻子も同じことを思ったらしく、朋恵に尋ねると、
「はい。私……今日で来るの3度目なんです」
と、まるでわたあめのようなほわほわした微笑みを見せる。

「そう言えば、ひろこちゃん……。今日は服を干してないんだね。この前来た時は、黒くてすごいブラとパンツを干し……」
喋り終わる前に、紘子が朋恵のほっぺたをつねる。

「なに紘子? 勝負下着とか?」
麻子の問いに、紘子は顔を真っ赤にして否定していた。

「でもぉ、本当にこの部屋すごく綺麗なんだよぉ。新築ぽいし、家賃高そう」
紗耶の質問を話題を変える絶好の機会と思ったのだろう。
紘子はその話に喰いつく。

「それが、そうでもないんですよ。実はこのアパートのオーナーが、母親のいとこのお嫁さんの妹の旦那さんなんで、安くしてもらっていますし」

私の頭の中で、家系図が次々と線を結んでいくが、どう考えてもたどり着く先はただの他人のような気がしてならない。

「それに家賃は親が払ってくれてますし。逆に私は月々の生活費を貰ってる身ですし。だから親には迷惑を掛けっぱなしです。それでも自分は桂水に来たかったし、来させてくれた親にはすごく感謝しています」

紘子が真面目な話をしていたのに、後ろからお腹が鳴る音が聞こえた。

「ちょっと葵さん?」
「いま、すごく良い話だったかな」
「いや、ごめんね。ほら、今日は練習でいっぱい走ったじゃない? だからね」

いつもはしっかりしている葵先輩が、珍しくあたふたしている姿は少し新鮮味があった。でも、言うと怒られそうなので黙っておく。