風のごとく駆け抜けて
その後も、やっぱり暇になる。
私は暇つぶしに絵でも描こうと鉛筆を取ろうとして、机の上に重ねてあった紙の束を落としてしまう。
落とした紙を取ろうと、私が机下に潜った時だった。
「あの駅伝部入部希望です。自分、中学の時も長距離をやってました」
「それは心強い。ぜひうち達と都大路を目指しましょう。はい、名前を書いてね」
葵先輩が言うと机の上で書き物の音がした。
私も書類を全部広い集め、机の下から出ようとしていた。
「えっと、若宮紘子さんですね」
葵先輩の声に呼吸が一瞬止まりそうになった。
私が知っている陸上経験者で若宮紘子と言う名前は1人しかいない。
急いで机下から出ようとして、思いっきり頭を打ってしまったが、目の前にいる生徒を見て痛みも吹っ飛んでしまう。間違いなかった。
「ちょっと! あなたなんでこんなところにいるのよ!」
あまりの驚きに思わず大きな声が出てしまう。
そう言えば、昨年も私は部活紹介で大声を出していた。
間違いない、ナイター陸上で会ったあの若宮紘子本人だ。
「いえ、自分ナイターの時にちゃんと言いましたし。また一緒に走りましょうって」
「え? 確かに言ってたけど、つまりはまた勝負しましょうってことじゃ無かったの」
私の一言に麻子がため息をつく。
「聖香……。あなたの脳みそは筋肉で出来ているの? 普通一緒に走ろうって言われたら、勝負よりも仲間としてでしょ。てかその前に……こんなところはあんまりじゃない?」
言われて今度は私がため息をつく。
「麻子、昨年のナイター陸上で永野先生が言ったこと覚えてない? この子、昨年の全国中学陸上で2位よ。全国2位! ちなみに私、昨年のナイター3000mで負けたし」
私の説明に全員が驚きの声を上げる。
「え! いや、本当になんでこんなところに」
自分でもこんなところと言い出す麻子。
「まぁ、色々ありまして。ここなら楽しく走れそうだなって思いましたし。県高校駅伝で2位になったのを見てますます行きたいなって気になりました。親には少し無理を言っちゃいましたけど、永野先生も色々相談にのってくれましたし」
「え? 永野先生、あなたが受験するの知ってたの?」
私が聞くと若宮紘子かあっさりと頷く。
「ええ。それこそナイター陸上の時にお会いして、色々と話をしてくださいましたし。遠くてなかなか会えなくて、会ったのはその一度だけですけど。後は電話で何度か相談しましたし」
「そう言えば、あなた木名瀬中よね」
「うそぉ、広島県との県境だよねぇ。ここからだとゆうに50キロは離れてるよぉ。そもそも校区外だよぉ」
「だから自分、理数科で受験しましたし。理数科は学校区がありませんから。それと学校の許可をもらって、こっちで1人暮らしです」
そこまでして、若宮紘子は桂水高校に来たかったと言うことなのだろうか。
いったいなんのために。
まぁ、桂水高校は県高校駅伝2位。
つまり県内において、駅伝では城華大付属の次に強い高校だ。
強豪校よりも、強豪校を倒そうとする新勢力に興味があったのかもしれない。
「あ、全国2位の若宮がうちに来て、城華大付属は1、2区を走った3年生が抜けたんでしょ? これはもしかしてあたしたちの時代が来る?」
「その代り、城華大付属には全国1位だった広島出身の雨宮桂って子が入りましたよ。自分のライバルです。自分、まだ一度も勝ったこと無いですし」
麻子が嬉しそうに口にするが、若宮紘子が冷静に一言説明する。
なるほど、世の中はそこまで簡単に出来ていないらしい。
結局この後、駅伝部を訪ねて来る部員はなく、那須川朋恵と若宮紘子を新入部員に加え、桂水高校女子駅伝部は新たなスタートを切ることになった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻