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風のごとく駆け抜けて

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湯川麻子は私を屋上に連れて来ると、間を置くことなくしゃべり出す。

「昨日、あたしたちのこと見てたでしょ」
何も知らない人がこの状況を見たら、私が絡まれていると思うだろう。
いや、ある意味では間違っても無い気がするが。

「あなた、あの時言ってたよね。もう走れないって。なに? 故障してるの?」
「いや、別にそう言うわけじゃないんだけど」
「じゃぁどう言うことよ?」

口を濁す私に湯川麻子はあきらかにイライラしている。

「故障はしてないけど、走れないのは本当。正確に言うと、父から『高校生になったら部活をするな』と言われているの。だから高校の陸上推薦も断って、この高校に来たのよ。本音を言うと走りたいって気持ちはあるんだけどね。でも、父は頑固だから。もうあきらめた」
自分で言いながら段々と寂しくなってきた。

そう言えば、こうやって私の置かれた環境を話すのは、幼馴染の晴美以外では初めてだと言うことに気付く。

どうしてこうもあっさりと、目の前にいる湯川麻子に話したのだろうか。
私自身が誰かに聞いて欲しかったのか、それとも目の前にいる彼女にはそうさせるだけの不思議な魅力があるのだろうか。

そんなことを考えていたから、湯川麻子が言った一言を聞きのがした。

「え? ごめん今なんて言った」
慌てて私は聞きなおす。
その一言が彼女の怒りを買ってしまった。

「馬鹿じゃないのって言ったの!」
怒鳴り声が返って来た。

「親がダメって言ったから走らない? だから高校の推薦も断った? 何それ。確かにあなたみたいな人が、この高校にいるのは変だと思った。あたしだって中3の時にあなたに勝ったのは奇跡だって分かってる。あの後で陸上部の先生から、あなたがどれだけすごい人か聞いたもの。あなた今の生き方に納得しているの。まぁ、今のあなたの顔を見ると、とても納得している様には見えないけど」

湯川麻子のまくし立てに、私は何も言えなかった。
そんな私をみて彼女は「もういい。じゃあね」と私を1人置いて屋上から去って行く。

1人残され私に、強い春風が吹き付けて来た。

それは走る時に受ける風に似ていた。
体の体温を奪って行きながらも、気持ちを落ち着かせくれる、どことない優しさがそっくりだった。

その風に当たると走っている気分がして来た。
今ならはっきりと分かる。
やっぱり私は走るのが好きだ。走りたい。
この気持ちをもっともっと味わいたい。

そんな思いが私の中から湧き上がって来る。

いや、ずっと前から湧き上がっているのに必死で押さえつけていたのだ。
そして、それとは別の感情が湧き上がって来るのも確かに感じていた。

ふと空を見上げる。
入学式の日と同じように遥か彼方まで青空が続いていた。
ただあの時と違い、空は澄んで見えた。