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風のごとく駆け抜けて

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「よし、全員着替えを入れたな? それじゃ出発だ」
助手席に晴美を乗せた愛車ラポンのアクセルを思いっきり踏んで、永野先生が先導を開始する。

合宿最終日、最後のロード練習。
学校をスタートし、大回りをして桂水海水浴場までのロードジョグだ。

スタートしたのは午後4時半。
まだまだ暑さが厳しいが、最後の練習と言うこともありみんな元気だ。

それに海水浴場に行けば、永野先生の親友夫婦が経営している海の家でバーべキューを振舞ってくれるらしい。

そう言われて元気にならないわけがない。

はずだった……。

「ちょっと! 海に向かってるはずなのに何で山を登ってるのよ!」
麻子が私の後ろから悲痛な叫び声をあげる。

実は「少し回り道をするから車に付いてこい」とだけ言われ、誰もコースを知らされていなかったのだ。

途中で晴美と永野先生が給水をしてくれるが、コースに関してだけは絶対に教えてくれない。

大きな分かれ道の近くで車を停めており、私達が来ると曲がって先に進む。
私達はそれについて行くだけだ。

いくら地元でもコースが分からないと精神的にかなり堪える。

それでも2時間半走ってやっと海に到着した。

「やっと着いた!」
「長すぎ」
珍しく大声で叫ぶ葵先輩と、それとは対照的に相変わらずクールと言うか無関心に近いような久美子先輩。

その横で麻子と紗耶は走り疲れてぐったりしていた。

「あら、いらっしゃい。待ってたわよ」
私達が到着した海岸にある海の家から1人の女性が出て来た。
この人が永野先生の親友なのだろうか。

ショートカットの永野先生とは対照的に、ロングヘアーで笑顔もマシュマロのように柔らかく、さらにはとても女性的な魅力に溢れている人だ。

主に体の一部が……。

「あれは反則かな」
「同じ女性で、こんなにも違うものなのかしら?」
晴美はその女性の……、葵先輩は自分の……、胸を見ながら唖然としていた。


いや、本当に胸が大きいのだ。

正直私の何十倍……。
まぁ、私も駅伝部で一番小さいのは自覚しているが……。

「由香里! ビールが無いわよ」
永野先生が海の家の奥から出て来る。
そう言えば、気付けばいなくなっていた。

「綾子! その前にやることがあるんじゃないの?」
「え? 由香里の胸はもう揉み飽きた」

さっきまでのマシュマロの様な笑顔が一瞬にして般若に変わる。

「ビール瓶で殴るわよ。私は生徒の紹介くらいして欲しいって言ってるの!」
「一言も言ってないじゃん」
永野先生の一言に般若がさらに深みを増す。
それくらい由香里さんは怖い顔をしていた。

さすがに永野先生もそれ以上は何も言えずに、私達を1人ずつ紹介する。
そして、今度は逆に由香里さんを私達に紹介してくれた。

「私の幼馴染で滝川由香里。ちなみに結婚してるから、昔は別の苗字だったんだけどな。幼稚園から中学までの腐れ縁だ。実家も100mくらいしか離れてないしな。それと、旦那が桂水市で料理屋を経営してて、この海の家も正式には、その旦那さんのお兄さんのものなんだ。由香里夫婦は夏だけの手伝いだな。あと、彼女の職業は……」
永野先生が言葉に詰まる。

「まぁ、フリーの音楽家って言えば聞こえは良いけど、分かりやすく言うと結婚式とかパーティーとかデパートのイベントなんかでピアノを弾いています。後、たまに歌を歌ったりもしてるけど。正直言うと、月に4件くらいしか仕事が無いのよね」

永野先生の後を継いで自分の説明をしながら、由香里さんは少しだけ苦笑いをする。

「よし、と言うわけでビールだ」
子供のようにはしゃぐ永野先生を、由香里さんはあきらめ顔で見ていた。

「あぁ、心配しないで。綾子もあなた達も、私が責任もって家まで送るから。旦那が10人乗りのハイネースを持ってるし。綾子の車もうちの旦那が運転して行くから」

私達に説明をしながらも、最後の一言は永野先生に向けて喋っていた。

なるほど、合宿の要項に自転車で来ないことと書かれていたのはそのためだったのか。

由香里さんは永野先生のビールだけでなく、私達のジュースまで準備してくれていた。ジュースを注ぐ間に、由香里さんの旦那さんがバーベキューの準備を始める。

火種は前もってある程度準備をしていたらしく、15分も待つと肉が焼けだす。

「それでは、みなさん。合宿お疲れ様でした。乾杯!」
由香里さんが乾杯の音頭を取り、みんなでバーベキューを堪能する。

この5日間走りっぱなしだった私達にとって、バーベキューは普段以上に美味しく感じられた。

麻子にいたっては、美味しすぎて泣きそうになると言っていたくらいだ。

「あぁ、飲み過ぎた。由香里、トイレって奥にあったわよね」
少しだけ顔を赤らめた永野先生が、独り言のようにそう言って、海の家へと消えて行く。

それを眼で追っていた由香里さんが急に私達の方に寄って来る。

「ねぇ、綾子って実際どうなの? ちゃんと教師が務まってる?」
まるで自分の娘を心配するような口調で、由香里さんは私達に質問をして来る。

「はい。とってもいい先生ですよ。うちと久美子は部活だけでなく、授業も習ってますが、とっても分かりやすいです。それに部活も凄く熱心で、1人1人をきちんと見てくれてます」

葵先輩の説明に全員が頷く。
たまにセクハラしますけど。
と言おうとして私は言うのを辞めた。

「そっか。綾子頑張ってるんだ。安心した。正直、あの綾子が教師って言うのがいまだに信じられないのよね。どっちかと言うと、ランナーって言うイメージが強いし。私達が高校3年の全国駅伝なんて、アンカーを走ったんだけど、9位でタスキを貰ってどんどん抜いて行って優勝しちゃったし。まぁ、社会人になってから色々あって、大変だったのも事実だけどね。綾子が実業団を辞めて帰って来て、すぐに会いに行ったの。そのころは私もまだ実家にいたし。そしたら、綾子……自分の部屋で大泣きしてた」

その時のことを思い出したのだろうか。
由香里さんは、少し黙ってしまう。

「なんて声を掛けて良いのか分からないぐらい、綾子は落ち込んでてさ。結局、私が家に行ってもずっと泣きっぱなしだったわ。それから一週間経った後かな? いきなり高校教師になるって言いだしたのは……。その後は、何かに目覚めたように勉強を頑張って。ちょっと時間はかかったけど、無事に大学にも受かって、今にいたるって感じ」

そこまで喋ると由香里さんが私達の方をじっと見て微笑む。

「綾子のこと、これからもよろしくね」
由香里さんの言葉に、私達は笑顔で頷いた。

「由香里、花火やっていい?」
トイレから戻って来た永野先生は、どこで見つけたのだろうか、両手に山のように花火を持っていた。

「もう。せっかくの良い場面だったのに。いいわ、好きにやりなさい」
由香里さんが言うやいなや、永野先生は砂浜へと走って行く。
私以外の部員も我先にと続く。

「その代り、綾子の自腹だけどね」
まるで秘密を打ち明ける子供のように小声で由香里さんが言う。
驚く私の顔が面白かったのか、由香里さんはにやりと笑っていた。

 結局、永野先生は由香里さんから3万円を請求されていた。