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風のごとく駆け抜けて

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学生の本分は勉強……らしい


6月中旬の土曜日。
今日は午前9時から部活開始となっている。

自転車置き場に自転車を止め部室に行くと、鍵がかかっており、私と晴美が一番に来たことに気付く。

「これはちょっと珍しいかな」
晴美の言う通りだった。

大抵は葵先輩か紗耶が一番に来てるのだが。
休みの日は一番に来た人が職員室に行き、部室の鍵を借りて来る決まりになっている。

晴美と2人で職員室へと向かう。
良く考えてみれば、2人そろって職員室に行くのは入部届を出して以来初めてだ。

「失礼します。おはようございます」
職員室に入るが、中には誰もいなかった。
いや、永野先生までいないと言うのはどう言うことだろう。

永野先生の机まで行ってみるとパソコンは起動しており、スクリーンセイバーがせわしく動いていた。

学校には来ているようだ。生物・化学準備室だろうか。あっちまで行くのは面倒くさいのだが……。

そんなことを思っていると、隣の会議室からなにやら音が聞こえる。

「永野先生?」
会議室のドアが開いていたので、そこから恐る恐る覗いてみる。

「さぁ、この展開をどう見ますか? 里村さん」
「そうですねぇ。今回の大会は後半に小さなアップダウンがありますからね。前半いかに力を使わないかが大切だと思います。それを考えると、水上さんは非常にいい位置にいますよ。さすがベテラン。今までの経験があるからこそ、こう言ったレース展開が自然にできるんだと思います」

「なるほど。水上は現在33歳。今回の日本選手団の中では女子10000mに出場する菱川美登里と同い年の女性最年長。所属するもみじ化学では主将として、昨年の実業団駅伝優勝にも大きく貢献しております。本当に経験は豊富なものがあります」
そう言えば今日は世界陸上の女子マラソンがある日だ。
私達が立っている位置から、ちょうどテレビの画面が見える。

その画面の前で、永野先生が食い入るようにテレビを見ていた。
いや、正確には後ろ姿しか見えないのだが、それでも集中して見ているのが分かるくらいだ。

「この選手、永野先生と同じ歳なんですね」
晴美は永野先生に向かって言ったつもりなのだろうが、先生はまったく返事をしない。

晴美が困ったような顔をして私を見る。いや、私にどうしろと。

「永野先生。部室の鍵持って行きますよ。先生!」
まったく反応が無い。
もしかして寝てるのか。

会議室に入り、先生の横から顔を覗き込んでみる。

「うわ。な、なによ」
永野先生がその場で飛び上がりそうなくらいビックリする。
あまりの驚きに、変な声まで上げていた。

「何度も呼んだんですよ。てか、ものすごく真剣にみてましたね。やっぱり陸上好きなんですか」

私はふと、何か先生の過去が分かるかもと期待を抱く。
でも、返って来たのはごくありきたりの答えだった。

「駅伝部の顧問を苦と思わないくらいには好きだぞ。あ、もっと言うと駅伝部を一から作ってしまうくらいには好きだな」

つまりは、相当好きだと言うことなんだろうな。

気になっていた過去は聞けなかったが、それでも、永野先生の気持ちが聞けてすこし嬉しい気分になった。