風のごとく駆け抜けて
「いらっしゃいませ。ロイズフェアリーへようこそ。お客様3名様ですか? ただいま全席禁煙の時間帯となっております。空いているお席へどうぞ」
ファミレスに入ると受付のお姉さんがてきぱきと接客をしてくれる。
「食べたい物、好きに注文して。なんでも奢るからね」
席に着くと、倉安さんはそう言って笑顔でメニューを渡してくれる。
そう言えば最後にきちんと食事を食べたのはいつだっただろうか。
さすがに何か口に入れた方がよいだろう。
そう思ってオムライスセットを頼む。
倉安さんは唐揚げ定食を椎菜ちゃんにはお子様うどんセットを注文していた。
「そう言えば聖香ちゃんと会うのって、あの新幹線以来よね」
私に向かって笑う倉安さんの顔は、まるで鏡に向かって笑う自分を見ているようだった。
他人が見たらきっと姉妹と思うだろう。
ふと、姉に倉安さんと一緒に撮った写真を送ってみようかと思った。
でも、我に返りそれを思いとどまる。
たぶん、私のことは姉にも連絡が行っているはずだ。
それが、突然写真を送って来たら驚くだろうし、説明をするのも面倒臭い気がした。
それからしばらく雑談をして料理を待つ。
料理が来ると椎菜ちゃんはものすごく喜び、一生懸命にうどんを食べ始めた。
そのあまりの可愛さに私は思わず携帯で写真を撮ってしまう。
一通り御飯を食べ終わって一息ついたところで、倉安さんが急に真面目な顔になった。
「ところで聖香ちゃんは、これからどうするつもりなの? ほら、学校とか部活とか」
倉安さんの質問に私は気まずい気分になる。
だが、決して何も考えていないわけではない。
「学校は……。来週から行こうかなと考えてます。今日一ヶ月振りに外に出たばかりだし、なにより今週の金、土で文化祭があるんです。晴美が亡くなった直後でそう言う祭りごとはしたくないと言うか。いや、個人的なわがままだというのは分かってるんですけどね。それと部活は……」
私はここまで喋って言葉に詰まる。
「部活には復帰したいとは思ってます。このままじゃいけないってのは分かってます。それに早く復帰しないと11月の県高校駅伝に間に合わなくなってしまいますし……。私にとって最後の駅伝なんで、なんとしてでも都大路に行きたいですし。でも、晴美のことがあって一ヶ月近くも部活に出てないから……。どう言う顔をして戻れば良いのか分からないんです」
私は自分の言葉に落ち込んでしまう。
このままではいけないのは分かってる。
でも戻り方が分からないのだ。
と言うより、みんなにどんな顔をして会えば良いのか、分からないのだ。
「別にそれは深く考えなくて良いんじゃない?」
倉安さんがあっけらかんと答える。
あまりにあっさりと言うので、私はあっけにとられてしまう。
「だって別に聖香ちゃんが悪いことした訳じゃないんでしょ。それにみんなだって事情は知ってるんだし。一言、しばらく部活を休んでごめんなさい。って言えばそれで終わりでしょ?」
「そんなもんですかね?」
「そんなもんでしょ」
「でしょう」
私の質問に倉安さんが笑顔で答え、椎菜ちゃんが真似をする。
それが可愛くて思わず私も笑顔になる。
「聖香ちゃんはしばらく落ち込んでたから、考え方もずいぶんとマイナス思考になっているのよ。それに視野も狭くなっているのかも。私だって中高と剣道部だったから分かるけど、部活仲間の絆ってそんなにやわじゃないわよ。それに聖香ちゃんがしなきゃいけないことは、部活に戻ることじゃ無くて、戻ってからみんなと練習を頑張って全国に行くことなんでしょ?」
倉安さんの言葉に私は目が覚める思いだった。
倉安さんの言うとおり、私はこの一ヶ月近く落ち込んでいたせいで、視野が狭くなっていたようだ。
戻ることが私のゴールでは無い。
むしろそこはスタート地点だ。
そこからどうやって都大路を目指すのか。
それを考えなければいけない。
合宿の時に晴美が言っていた言葉を信じるなら、えいりんとの勝負をどうするか。
いや、今の状態だとまずはアンカーを勝ち取ることの方が先決なのかもしれないが。
「若いっていいわね」
「はい?」
倉安さんの急な一言が理解出来ず、私は思わず聞き返す。
「いや。本当は黙っておこうかと思ってんだけどね。さっきコンビニで聖香ちゃんに会た時は、それこそ死んだような眼をしてたんだよ。でも今は随分と眼が輝いてる。そうやって気持ちをすぐに切り替えられるのも若さゆえかなって」
「とんでも無いです。さっき電話で話したじゃないですか。この一ヶ月近く、私は本当に部屋に引き籠っていたんですから。正直に言うと、こうやってまともに御飯を食べたのも随分と久しぶりですよ。晴美が亡くなった直後は食べてもすぐに吐いてましたし。終いには食欲すらなくなってましたから」
もちろん自分でもたった一日で随分と元気になったもんだと思う。
でも、それはウォーミングアップ無しに全力で1500mを走ってるような感触に近いものがあった。
突然体を無理矢理に全力で動かしているような感じだ。
倉安さんも私が急に元気になったことで何か感じたのだろう。
「あまり焦らない方が良いと思う。学校に来週から行くつもりなら、今週いっぱいは散歩とかしてゆっくりと心と体を戻した方が良いと思うわ」
と、それこそ椎菜ちゃんに語りかけるような顔で優しく諭してくれた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻