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風のごとく駆け抜けて

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「こら、梓、アリス。2人ともそんな所で寝ないで。部屋に入れないじゃない」
部屋のふすまを開けるなり麻子が叫ぶ。

私達より先に宿泊室に帰った梓とアリス。
どうにか部屋にたどり着いたが、そこで力尽きたのだろう。
入り口のすぐそばで2人ともぐったりとしていた。

「アリス的には、今日が人生で一番きついです」
「うちも同じく。葵姉に聞くのと自分がやるのでは、やっぱり全然ちがいます」
2人ともどうにか喋れるものの、とても起き上がる気力は無いようだ。

と、誰かのお腹が鳴る。
振り返ると朋恵が恥ずかしそうにしていた。

「あの……。ほら、これはなんというか。今日はたくさん走ったからお腹が空いてしまってですね……」
「と言うより、ともちゃん。随分元気だねぇ。正直わたしは今にも倒れそうで、食欲もないんだよぉ」

紗耶の言うことに激しく同意だった。

朝に20キロ、午後に18キロ。
それだけ走れば、いくら私でも食欲がすっかり消えていた。

なのに朋恵は普通にお腹を空かせていたのだ。

「あの……。どうやら私、長い距離をたくさん走るのは平気みたいで」
まるで自分が悪いことをしたかのように、申し訳なさそうな顔をする朋恵。

「いや、朋恵。そんな顔をしなくても。逆に誇っていいと思うんだけど」
私が言うと、紘子や麻子も頷く。
しかし朋恵はますます戸惑った顔を見せるのだった。

部屋の入り口付近で倒れるように寝ていた梓とアリスを起こし、みんなそろっての晩御飯となる。

ぐったりしていたアリスだが、鶏肉と野菜の炒め物を食べた瞬間、急に元気になった。

「これ、すごく美味しいです。アリス的にこれは大当たりです」
それを聞いた瞬間、永野先生がものすごく笑顔になる。
まるで花でも咲いたかのようだ。

「さすがブレロ。これは隠し味に味噌を使ってるんだ。ほら、お代わりもあるからどんどん食べて良いぞ」
どうもこれを作ったのは永野先生だったようで、余っていた鳥と野菜の炒め物をアリスの皿に追加で盛っていた。

アリスは追加の分も喜んで食べる。
今年の食事も永野先生と晴美が手分けをして作ってくれた。
この合宿のためにと、晴美は家でも料理を勉強したらしく、随分と腕を上げていた。

「これなら、どこに嫁に出してもキャプテンとして恥ずかしくないわね」
「むしろ、あさちゃんを嫁に出す方が恥ずかしいんだよぉ」
笑いながら冗談を言う麻子に紗耶が容赦なくつっこむ。

それもそのはずだ。「今年はいけそうな気がする」と一体どこから湧いてきたのか、まったく根拠の無い自信を引っさげて麻子が調理場に立ち、目玉焼きを作り始めたのが1時間前。

フライパンで謎の物体が焼き上がったのが55分前だ。

もろん麻子は調理場を追い出された。

そんな出来事がありながらも無事に食事も終わる。

「アリスは食べ過ぎたようで非常に眠いです」
部屋に戻って来るなり、さっきとは別の理由でアリスが倒れる。
そんなアリスを無理やり引っ張ってみんなでお風呂へと向かう。

私が髪を洗っていると、後ろから朋恵が叫ぶ声がした。

「あの……。アリスちゃん。溺れちゃうよ? 起きてってば。ねぇ、アリスちゃん!」

浴槽を見ると、アリスがうつ伏せの状態でお風呂に浮いていた。

たくさん走った上に食べ過ぎて、さらにはお風呂に入ったものだから、疲れが一気に出たのかもしれない。

と、のんきに私が考えている間に、紘子と晴美がアリスを湯船から引き揚げていた。


合宿二日目。
今日は昨日の距離走とはまったく逆でスピードがメインとなっていた。

みんなへとへとになりながらも、どうにか練習をこなす。
さすがに私や麻子、紘子までもが今日は宿泊室で倒れていた。

「お前ら。残念な知らせがある」
永野先生が部屋に入って来るなり、本当に悲しそうな声で私達に訴える。
 
の次に永野先生が言おうとしていることがまったく想像できなかった。
部屋にいる全員が先生に注目する。

「実は、昼食後に冷蔵庫が壊れたみたいで……。まったく冷えて無かった上に、この夏の暑さも手伝って、中に入れてあった食材がみんなダメになってしまった」
聞いた瞬間、意識が飛びそうになった。

つまり今日の晩御飯は無しと言うことだろうか。

「冷蔵庫の方は、学校の事務に連絡から業者に連絡してもらって、明日修理に来てくれるらしい。それと由香里に電話して、大至急食材を買って来てもらうようにはしてるが、由香里も仕事だったみたいでな。あと2時間はかかると言われた。まぁ、今から私が買いに行こうかと」

「そんなはずないですし」
永野先生の説明に紘子が割って入る。

「どう言うことだ? 若宮」
「冷蔵庫が冷えて無くても、すべての食材がダメになるわけじゃないですし。そりゃ肉とかはダメでしょうけど」
言い終わるやいなや、紘子が調理場に向かう。

私達も後へと続く。

「玉ねぎとジャガイモは元々外で保存してるから無事。あとは、魚肉ソーセージに干ししいたけ。乾燥ネギとイカの塩辛もある。調味料も色々あるし」
紘子は冷蔵庫の中を見ながら食材をいくつか取り出す。

「全部で何人ですっけ? 9人?」
「うん。9人かな」
紘子が調理場にいる人数を数え、晴美も返事をする。

「ちょっと待っててください。30分で作りますから。まぁ、簡単なものですけど」
言い終わると同時に、紘子は慣れた手付きで調理にかかる。
あまりにテキパキと紘子が動くものだから、私達はそのまま宿泊室に戻る。
下手に手伝うと逆に邪魔をしてしまいそうな気がした。

きっかり30分後。
紘子が私達を呼びに来る。
調理場に行って驚いた。

イカの塩辛とネギのチャーハン。
玉ねぎと魚肉ソーセージを入れたポテトサラダ。
しいたけと玉ねぎが入ったコンソメスープが食卓には並んでいた。

「簡単なものですけど、取りあえず作ってみましたし。さっそく食べましょう。お腹空きましたし」
紘子はあっけらかんと言うが、この短時間にあの材料でこれだけのものを作ってしまうとは。紘子恐るべし。