風のごとく駆け抜けて
「ほら。日本選手権の記事が出てるぞ。持って帰れ」
昨年3000m障害で高校新を出した時と同じように、先生は陸上雑誌を私に渡してくれる。
今日発売の陸上雑誌だ。
先生が付箋を貼っているところを開くと、私の特集が載っていた。
「今回、高校生で優勝したのは澤野だけだからな。それも原部の5連覇を阻止した上に、高校新を塗り替えての優勝。記事にならない方がおかしいだろ」
永野先生に言われて、自分のしたことがどれだけすごかったか実感出来た。。
「それと、もうひとつ。お前に陸上推薦が来たぞ」
さらっと永野先生は言うが、私にとっては驚きの一言だ。
「と言っても身内みたいなもんだがな。一つは明彩大。牧村さんから伝言で、ダメ元でS級推薦を澤野に出しておくってさ。後は、舞衣子が今いる熊本の実業団。こっちは舞衣子が、1人でも人が欲しいから、大学受験に失敗した後にでも、行きたいと言えば取ってくれるそうだ。と言うことも踏まえて、はいこれ」
永野先生から一枚の紙を渡される。
進路希望調査と書かれていた。
「他の生徒には明日配るらしいがな。澤野は特別なケースだからと言うことで、担任の先生から頼まれたんだ。必ず第三希望まで全部埋めるようにとのことだ。前回は1つしか書いてなかったらしいな」
こう言う物を見ると、自分が受験生と言う立場を嫌でも感じてしまう。
「と言うより、自分に推薦が来たことが驚きなんですが」
「いや、待て。日本選手権に優勝しておいて、推薦が来ないと思っていた方が驚きなんだが」
永野先生にしては珍しく、本気で私の言動に驚いていた。
その日の夜。私は、机の前で唸っていた。
かれこれ1時間は進路希望調査のプリントと睨めっこしていた。
第一志望は一瞬で埋まった。
『信徳館大学理学部生物科』
やはり自分の夢は高校理科教師になって、永野先生のような指導者になることだ。こればかりは自分の中では譲れない。
譲れないのだが……。
もしものことも考えないといけない。
仮に信徳館大に落ちたらどうするのか。
どこか他の高校理科免許が取れる大学へと行くか。
それとも浪人してもう一度受験するか。
えいりんとの約束もある。
浪人するとなると親に負担も掛けてしまう。
色々なことを考えると段々と悩んでしまい、深みにハマって行き、一時間近くも悩む結果となってしまった。
悩みに悩んだあげく、意を決して私は第二希望と第三希望を書く。
その書類を持って、次の日にまた永野先生の所を訪ねた。
「第一志望が信徳館大理学部生物科。この大学を選んだわけは?」
「はい。私も永野先生みたいな人になりたいなと思って」
わざと、とびっきりの笑顔で答えてみた。
永野先生は最初、意味が分からなかったのか不思議そうな顔で私を見ていたが、言葉の意味を理解したのだろう。急に顔を赤らめて、あたふたし始める。
「お前……。そう言うことは本人の前で言うな。どうしていいかわからないだろ」
永野先生はそれだけ言って、顔を赤らめたままプリントに再度目をやる。
「で、第二志望が実業団。第三志望が明彩大となってるのは? 理科教師になりたいなら他の大学で理科教員免許を習得する方が良いと思うんだが」
その問いに私は答えるのが恥ずかしかった。
でも言わざるを得ない。
「他の大学をこの紙に書いてしまったら第一志望に受からない気がして……。昨日色々考えたんですけど、第一志望以外にも3つ程、度理科教員免許が取れる大学を受けることにしました」
「意外にそう言うジンクス的なことを信じる方なのか? まぁ、良いけど。てか駅伝部の顧問として聞きたいのは、実業団が第二志望で、大学が第三志望の理由だな」
その問いにははっきりと答えることが出来る。
「この前の日本選手権で思ったんです。年齢の離れた人と勝負出来るのは楽しいなって。それだったらやっぱり実業団かなと思って。熊本にあると言うのも個人的には大きな魅力ですね。高校生になって何度か熊本には行きましたが、とても気に入ってますし。それに給料をもらって、お金を貯めてから再度大学受験と言うのを多少は考えてます」
「そこは経験者として言わせてもらうが、実業団で走りながら勉強は相当きついぞ。実業団に行ったからと言って、走るだけで良いと言うわけではないからな。現に私だって、もみじ化学にいた時は朝練をやって8時半から15時までは事務の仕事をしていたしな。確かに合宿や試合前など、仕事をしない時があったのも事実だが。受験するとしたら、私のように辞めてからってことになるだろうな。まぁ、取りあえず第一志望に落ちたら他の大学に行くことも考えると言うことだな。大学が全て全滅したら浪人はせずに実業団に行くってことで良いのかな? あはは。牧村さん完全にフラれたな」
私の進路希望調査を受け取ってくれた永野先生にお礼を言って、職員室をあとにする。
晴美や麻子、紗耶はなんと書くのだろうか、ちょっとだけ気になってしまった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻