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風のごとく駆け抜けて

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食事を終え、ホテルに帰る。

「ちょっと、なんで2人で一部屋なんですか!」
フロントマンから鍵を貰った時、私は初めてその事実を知る。
さっきは荷物を置いただけだったので気付かなかったのだ。

「文句は校長先生に言ってくれよ。このホテル、1人一部屋より、2人一部屋の方が安いんだ。まぁ、つまりは予算が下りなかったんだよ。女性同士だしなんの問題もないだろう」

永野先生は鍵を受け取り、私にそれ以上反論をさせまいとスタスタとエレベーターの方へと向かって行く。

私もこれ以上は何も言う気になれず、永野先生の後ろを黙って付いて行った。
部屋に入り荷物を置くと、そのまま永野先生はベッドへとダイブする。

いやいや、だらけすぎでしょう。

「いやぁ、それにしても公費で年3回も旅行に行けるとは思わなかったな」
「3回? どう言うことです?」
「簡単だろ。澤野の日本選手権、若宮のインターハイ、駅伝部の都大路」
「私以外はまだ予選すら終わってませんが?」

まさに捕らぬ狸の皮算用だ。

「まぁ、昨年のようなアクシデントが無ければ、若宮のインターハイは決まりだな。なんせ北海道はまだだが、各都道府県の総体が終わった時点で3000m8分台は全国でも4人しかいないからな」

「そう考えると、紘子ってやっぱりすごいんですね。全国でたった4人ですよ?」
私が心のそこから驚きの声を上げるのとは逆に、永野先生は苦笑いをしてため息をつく。

「いや、3000m障害で9分台を出している高校生は、過去を含めても日本でただ1人しかいないんだがな。そっちの方がよっぽどすごいと思うぞ。8分台は歴代でみると何人かいるからな。北原だってそうだったし」

ふと懐かしい名前を聞いた気がした。

「そう言えば、久美子先輩って今何をしてるんですかね。昨年の夏合宿以来会ってないんですよね。葵先輩は頻繁に連絡を取ってたみたいですけど」
「なんだ? 澤野は連絡とってないのか。北原なら保育士になるために、今年の4月から大阪の専門学校へ通ってるぞ。都大路に出場したら京都まで応援に来るって言ってたな」

「えらく詳しいですね永野先生」
「まぁ、あいつとはよくメールしてるしな」
思わず私は永野先生の顔をまじまじと見てしまう。
久美子先輩と永野先生が連絡を取り合ってると言うのが想像出来なかったからだ。

「まぁ、それは良いとしてだ。プログラムを見る限り、今回3000m障害に出場しているメンバーのうちで9分台を持ってるのは澤野と原部亜美の2人だけだ。落ち着いて走れば上位に食い込める可能性も十分にありそうだな」
先ほど競技場で買ったプログラムを見ながら、永野先生が私に言う

とは言うものの、いきなり知らない名前が飛び出して私は困惑した。
いや、亜美と言う名前。さっき菱川さんが口に出していたような気がする。

「その原部亜美って言う人はもしかして?」
「そう。現在女子3000m障害日本記録保持者。昨年度は9分53秒73のランキング1位。ちなみに昨年度まで、日本選手権女子3000m障害4連覇。まぁ、今期はまだ1本も走っていないし、もしかしたら調子が悪いのかも知れないが」

「いやいや、試合に出てないからって、調子が悪いわけじゃないとは思いますが」
「うーん。少なくとも原部はそう言う性格だったからな。自分が納得の行く時しかレースに出てこないと言うか」
どうも永野先生の口ぶりを聞くあたり、原部選手とも知り合いのようだ。
水上さんに菱川さん、原部さんと日本でも上位で活躍する選手達と知り合いと言う事実に、改めて永野先生の凄さを実感する。

次の日は、最終調整と言うことで軽めのジョグと流しで練習も終了。
あまり疲労を溜めすぎないようにと、それ以外はホテルでゴロゴロしていた。

「私はちょっと東京観光をして来るから、大人しくしとけよ。このことは、くれぐれも他の先生には内緒な。お土産買って来てやるから」

永野先生は早朝にそう言って出かけて行き、部屋に帰って来たのは夕方だった。

しかも両手に荷物をいっぱい抱えていた。

「やっぱり東京は物が揃うな」
と言いつつ、自分のベッドに買って来た洋服やアクセサリーを並べて整理を始める。

「いったい何しに先生は東京へ来たんですか」
「飛行機に頑張って耐えたから、自分へのご褒美があっても良いかなって」
私がため息をつくと、一瞬動作を止めた後で永野先生がそうつぶやいた。

「あの、先生? ひとつ思ったこと言っていいですか?」
「うん? なんだ?」

「紘子がインターハイに出たらどうするですか? 今年って確か北海道で開催でしたよね? 飛行機で往復になるんじゃないんです? 大丈夫なんですか?」
その一言を聞いた永野先生の顔を見る限り、とても大丈夫そうでは無いことが分かった。

と言うより、紘子がインターハイに出るだろうと言うことは想像がついても、移動が飛行機になるということは考えていなかったのだろう。

まるで子供のように泣きそうな顔になる永野先生。
この顔を見るのは昨日に続き2度目だ。

本当に可愛い。

ダメだ、このままでは目覚めてはいけない趣味に目覚めてしまいそうだ。

自分の思いをかき消すかのように永野先生の頭を優しく撫でる。
よく見ると、永野先生は若干目に涙を溜めていた。
いったいどれだけ飛行機が怖いのだろうか。

そんなやり取りをした後、また2人で食事に出かけ、私はお風呂に入り、ミーティングを終わらせ早めに就寝する。

私に合せてくれたのだろう。永野先生も随分と早く寝入ってしまった。