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風のごとく駆け抜けて

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羽田から一度ホテルへと向かい、チェックインをして荷物を置いた後、電車を数回乗り換えて国立競技場へと辿り着く。

「せっかくだから高いレベルの競技を生で見るのも良い経験だろう」
と、永野先生は初日から私を競技場へと連れて来てくれたのだ。

ちなみに今日のメインは女子の10000m。
私が出場する女子3000m障害は最終日3日目の午後3時からとなっている。

「うわ! 国立競技場ってこんなに大きんですか?」
目の前に現れた建物に思わず驚きの声を上げてしまう。

ふと、私も麻子や朋恵、アリスのことをどうこう言えないなと感じだ。

「取りあえずスタンドへ行くぞ」
私の一言に苦笑いしながら、永野先生は私にチケットを渡してくれた。
これだけ大きい上に初めての場所。
永野先生からはぐれると迷子になりそうだ。

携帯電話の番号を知っているので、そうなってしまった場合は電話をすれば良いだけなのだが、絶対にその後で何かを言われそうだ。

そう言えば、永野先生はさっきからまったく迷うことなく進んでいく。
もしかしたら実業団時代に来たことがあるのかもしれない。
でも、なぜか私はそのことについて質問する気にはなれなかった。

スタンドに繋がっているのであろう階段を登り始めると、上から声がした。

ふとそちらを見上げる。
そこには私でも知っている人物が立っていた。

2年前の世界選手権女子10000mで8位入賞。
現在10000mの日本記録保持者、菱川美登里選手だ。

「やっぱり永野じゃん。あんたどうしてこんなところに? てか何年ぶり? もう走るの辞めったって聞いたけど? 現にあんたの名前まったく聞かないもん」

なんと水上さんに続き、菱川選手も永野先生の知り合いだったようだ。

本当に、永野先生の人脈はどうなっているのだろうか。

「久しぶりね。そう言えば世界選手権見たわよ。大したものね。ちなみに私、走るのはとっくに辞めてしまったわよ。今は地元の高校で教師をしてる。駅伝部の顧問をやってて、今日は生徒を連れて来たの」

永野先生は一歩階段を下りて私の肩を叩き、菱川選手に紹介する。

 私も、「どうも」と軽く会釈をする。
正直、凄い選手を眼の前にして言葉も出ない状態。

それを考えると、水上さんの時はわりと普通に喋れていたのだが、あれはみんなでいたからだろうか。

「あなた出身は山口県でしょ? そんなところからわざわざ生徒を連れて来たの? 随分と指導熱心なのね。てか、1人だけ? 駅伝部なんでしょ?」
菱川さんは不思議そうな顔をして、私と永野先生を交互に見る。

「いや、別に見学に来たわけじゃないから。まぁ、今日は10000mを見に来たんだけど。この子を3000m障害に出場させるんだ。一応9分台を持てるし」
永野先生の説明を聞いてあきらかに菱川選手の顔色が変わった。

「そう言えば、なんか昨年高校生で9分台を出した子がいたわね。あんまり興味無かったけど亜美ちゃんが騒いでたからなんとなく覚えてる。へぇ、この子がそうなんだ。まさか永野の教え子だなんて思いもしなかった」

菱川さんは階段を下りて来て私の前に立つとじっと私を見つめる。
身長は私よりも低そうだがプレッシャーと言うか威圧感がすごく、この場から走って逃げだしたい気持ちになる。

そして、この時初めて気付いた。
なぜ、水上さんは話やすく、菱川さんには言葉が出ないのか。

この威圧感のせいだ。

水上さんは自分でも言ってた通り、出会た時には第一線からの引退が決まっていた。

対する菱川さんは今でも現役バリバリだ。

なんと言うか、第一線で戦う選手のオーラが話しかけにくい雰囲気を作り出しているのだ。

「そうだ。せっかくだから永野、携帯番号を教えてよ」
菱川さんが私から目を逸らすと、私は気付かれないようにそっとため息を漏らす。

その場で携帯の番号を交換し終わると菱川さんは
「えっと……。ごめん名前を知らないけど、3000m障害の子も頑張ってね。それと永野、私が優勝するところをしっかり見といてよ」
と言って立ち去って行った。

その後行われた、女子10000m。
菱川選手は有言実行をしてみせる。

 4000mまでは先頭集団の一番後ろに付き、そこから1000mかけてじわじわと前へと出て行き、5000mからは独走だった。

「優勝すると言って本当に出来るってすごいですね」
私はレースの直後率直な感想を言う。

「あいつは超が付くくらい努力の人だからな。私と歳は一緒だが、高校の時なんてインターハイも都大路も出てないし。社会人で一気に強くなったんだよ。それこそとんでもない努力をしてな」

そう語る永野先生の口調は、なぜだかどこか寂しげに感じた。

日本選手権を見た後で永野先生と晩御飯を食べる。

「なんだったら菱川も呼んでやろうか?」
永野先生の提案を私は丁重に断る。
正直、あの威圧感を感じながら食事をしても御飯が喉を通らない気がした。