風のごとく駆け抜けて
大会2日目。
桂水高校からの出場種目はマイルリレーがあるのみ。
それもスピード練習の一環という位置づけになっているため、みんな気楽なものだ。
「それにしても、いつからあのユニホームは流行し始めたんだ? 少なくとも私が高校生の時は、みんなランシャツ・ランパンだったけどな。気付いたら短距離はセパレーツになったよな」
永野先生がマイルのスタート前に流しをしている選手を見てつぶやく。
「私が知ってる限りでは、短距離は結構みんなこれですけどね」
そんな先生に私もトラックを見つつ答える。
そう。マイルの予選は大体が短距離メンバーで構成している学校が多く、私達のようにランパン・ランシャツの選手は少なかった。
少なくともこの予選2組目では、スタブロのセッティングに悪戦苦闘している麻子のみだ。
「って、なんで麻子はスタブロに苦戦してるのよ! 練習したんじゃないの?」
思わず自分でノリツッコミをしてしまった。
「あの……。私、朝食の時に聞きました。湯川さん、自分が1走を走ることは無いだろうと思ってスタブロの練習はまったくやっていなかったそうです」
朋恵の一言に軽く目まいがした。
いったい麻子は何走を走る気でいたのだろうか。
当の本人は隣のレーンの人が調整しているのを見て、見よう見まねでブロックを動かしている。
「あれ? てことはさぁ、麻子バトンを持ってスタートするのもぶっつけ本番?」
「そうなるかな。現にさっき、バトンを忘れずにスタート出来たら、あたしの仕事は8割方終わったようなもんだって言ってた」
晴美の言葉を聞いて私は泣きたくなっていた。
永野先生もそれを知らなかったらしく、顔が青ざめている。
まぁ、それくらいの方が気楽に走れて良いのだろうか。
「位置に着いて」
場内アナウンスの一言に競技場全体が静かになる。
麻子も、スタブロへと足を掛ける。
「用意」
大丈夫。形だけなら、麻子だってきちんと他の選手と同じように出来ている。
「すごいな。ここまでスタートが不安になるレースってないぞ?」
永野先生はまるで他人事のように言うが、あきらかに永野先生にも原因があると私は思った。
パン。と言うピストルの合図で一斉に選手がスタートする。
私は思わず麻子がスタートした4レーンのスタブロ付近を見てしまう。
大丈夫、バトンは無い。麻子はきちんとバトンを持ってスタートしたようだ。
視線を走っている選手へと向ける。
麻子は思いのほか勢いよく飛び出していた。
スタートして100mもいかないうちに隣の5レーンの選手に追いつく。
「すごい。麻子とっても速いかな」
晴美が珍しく興奮気味に声を上げる。
まぁ、確かに麻子はスピードがある方だ。
でも……。
「湯川の奴、あきらかにオーバーペースだな。そもそも明日の1500mの刺激なんだから、あそこまで突っ込まなくても良いんだが……」
永野先生がため息交じりに言う。
マイルリレーの1走はセパレートコースと言って、最初から最後まで自分のレーンを走るため順位が分かりにくい。
それでも200mを過ぎた辺りで、麻子が3位辺りを走っているのが分かった。
周りはほとんどが短距離選手。
それも1走のためスピードがある選手ばかりなのに。
だが、勢いもそこまで。カーブを半分過ぎた所で麻子の脚が止まった。
「まぁ、十分明日の刺激にはなっただろう。てか、本当に湯川はいざとなるとまったく手が抜けないんだな。そこが良い所でもあるんだが」
永野先生はトラックを見ながら少しだけ微笑んでいた。
多分、今の一言は麻子に対する褒め言葉なのだろう。
ホームストレート、最後の100mに次々と選手が入って来る。麻子は6番まで順位を落としていた。
完全に最初の勢いがない。
まぁ、最初がオーバーペースだったと言うのもあるが。
「湯川さん、頑張ってください!」
朋恵がいつも以上に声を張り上げて応援をする。
その声が聞こえたのだろうか。麻子はもがきながらも必死に走り、紗耶にバトンを渡す時には1人を抜き返し5位に順位を上げていた。
2走目の紗耶は、昨日3000mを走ったと思えないような走りを見せる。
2走は最初の100mは決められたレーンを走り、そこからはインコースに入ることが出来る。つまりは800mの最初と同じだ。
何度か800mを走っているだけあって、その部分をなんの問題なく紗耶は通過する。
150m近く走った所で4位に追いつく。
ただ、ここからはなかなか順位を上げることが出来なかった。
4位にぴったりとくっついたままラスト100mまでやって来る。
「紗耶頑張って! ラストスパートなら負けないでしょ!」
私は必死で紗耶を応援する。
紗耶はそこから見事なスパートを見せて、単独4位でアリスにバトンを渡す。
アリスがスタートしたのを見た瞬間。はっきりと分かった。
アリスは昨日の3000mの疲労が脚に残っているようだ。
出だしから本来のキレがまったくない。
それでも必死に走り、どうにか6位でアンカーの紘子にバトンを渡す。
よく考えてみれば、2走から4走までは全員が昨日3000mを走っているのだ。
「これは紘子も期待は出来ないかもね」
「澤野。お前は普段、若宮の何を見ているんだ? あいつは色々と規格外だぞ」
永野先生が言うと同時に、バトンを受け取った紘子がものすごい勢いで飛び出す。
「はや!!」
「なにあれ!」
思わず声が出る私と晴美。
紘子のスピードは本当にすごい物があった。
前を行く選手とは、あきらかにレベル自体が一桁違っている。
100mもいかないうちに5位へと順位を上げる。
そこからもスピードを緩めることなく、どんどん前との差を詰めて行く。
ラスト100mで4位の学校をあっさりと抜き去り、アリスが抜かれた分をきっちりと抜き返し4位でゴールした。
今の紘子が800mや1500mに出場したら、いったいどんな記録を出すのだろうか。正直、純粋に興味があった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻