風のごとく駆け抜けて
「うわぁ、熊本市内って路面電車が走ってるんだぁ」
「それに車の数がものすごく多いかな。桂水市とは比べ物にならない」
初めての熊本に、紗耶も晴美も興奮気味だった。
まぁ、私も昨年初めて来た時は、おおいに興奮していたが。
「あれぇ。あさちゃんの反応が薄いよぉ」
「いや、私は兄が大阪で働いてて、何度か遊びに行ったことあるから」
「あさちゃんが何気に都会人ぶってるよぉ。はるちゃん」
「大丈夫かな。しょせん麻子だもん。すぐに化けの皮が剥げるかな」
「意味分からないから。てかあなた達2人ともテンション高すぎ」
わけの分からない会話をしいるうちに、バスは今日明日の宿泊先となるホテルへと到着する。
この時すでに時刻は19時。
辺りは真っ暗になっていた。
部屋に入ると、窓からライトアップされた熊本城が見えた。
私も今回で熊本を訪れるのは3回目だが、これを見るのは初めてで3人同様に感動する。
次の日の早朝、またしても私達は走りに出かける。
せっかくだからと、私は1人で姉の住むアパート方面へと走りに出かけた。
さすがに姉を起こすのは気が引けたので、姉のアパートを素通りし、信徳館大の方へ向かって行く。
大学に上がる坂の前で折り返し、来た道を戻り始めると姉が歩いていた。
「あれ? 麻衣姉ちゃん」
「はあ? 聖香? あんたなんで……。あ、修学旅行か」
姉はまるで宇宙人でも発見したかのような驚きの顔を見せる。
まぁ、予告も無しに妹が遠く離れた自分の日常生活の中に現れたら、そうなるだろう。
「てか、麻衣姉ちゃんこんな早朝に何してるの?」
「ああ、前にも言ったでしょ。レポートの提出が差し迫ってるのよ。今から研究室に行って実験をやらないと提出に間に合わないの。あ、ちょっと待って」
姉は肩に掛けていたトートバックから財布を取り出し、5000円札を私に渡して来る。
「これでお父さん達にお土産を買って帰って。ちゃんと私からって言ってね。てか、あなた修学旅行に来てまで走るって、どれだけ陸上バカなのよ。そもそも、勝手にホテルを抜け出して先生に怒られないわけ?」
5000円札を受け取りながらも、姉の一言に血の気が引いた。
「その辺は考えて無かったけど……。まずいかな?」
「さぁ、私にはなんとも。でも少なくとも、私の時はホテルから出るのは禁止だったけどね」
修学旅行のしおりには『夜間ホテルからの外出は禁止』と言う項目は確かにあった。だが今は早朝だ。その辺りはどうなのだろうか。
姉と別れて不安になりつつ、急いでホテルへと戻る。
玄関にたどり着いた瞬間、ダメだと悟った。
紗耶と麻子が引率の先生に捕まっていた。
「まったく、駅伝部はどうなってるんだ。練習熱心なのは分かるがな。せめて、修学旅行中くらい走ることを忘れて思いっきり楽しめや。それと、湯川。『夜間は外出禁止と書いてあったけど今は早朝です』とか、一休さんじゃないんだがら、そんなトンチを使ってもダメだがらな」
今年で50歳になる国語の井中先生に私達3人は怒られる。
怒られながらも、やっぱり早朝でもダメなのかと、1人納得していた。
朝食を食べた後、バスで熊本城へ移動する。
バスから降りると遠くに一本の木が見える。
その木と周辺の景色に見覚えがあった。
間違いない。
目の前に見える公園は、初めて熊本へ来た時に、姉の家から走って来た公園だ。
そして、遠くに見えるあの木の下でえいりんと再会したのだ。
懐かしさに思わず足を止め、写真を撮る。
「聖香、なにしてるの。置いて行っちゃうかな」
晴美が遠くから声を掛けて来る。
よく見ると私だけが置いてけぼり状態だっだ。
慌てて走ってみんなに追い付く。
「なに? どうしたの?」
「いや、ちょっと懐かしいものが見れたから、写真に収めただけ」
「さすが。来たことある人は言うことが違うわね」
私が答えると麻子は笑いながら返して来る。
城内に入り、ガイドさんの後を付いて行きながら、お城を見て回る。
「昨日のような隠れ家的なところも良かったけど、こう言うお城みたいな所に住むのも悪くないわね」
麻子が目を輝かせている。
まぁ、正直に言うと本丸御殿の中を見学した時に、私も少しだけ住んでみたいと思ったのだが。
天守閣に上がると熊本市内の景色が一望出来た。
私達が泊まっているホテルや、姉の通っている大学、さらには天気も良いからだろう、昨日までいた阿蘇山まで見えた。
私は昨年もここで阿蘇山を見ていたが、他の3人は非常に驚き、景色を一生懸命にカメラへと収めていた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻