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風のごとく駆け抜けて

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ユニホーム騒ぎから一週間後の土曜日。
私達駅伝部は県内最大の陸上競技場に来ていた。

今日から3日間の日程で県高校総体が行われる。
桂水高校駅伝部にとって初の公式戦だ。

ただ、今回走るのは葵先輩と久美子先輩のみ。

私達1年はまだまだ練習不足と言うことで永野先生がエントリーをしなかった。

「まぁ、うちは駅伝部だからな。本番は11月の県駅伝だ。今無理して故障されても困るんだ。今部員は5人。駅伝も5区間。つまり今年は補欠がいないからな」

私達も試合に出たいですと訴えた時、そう言って永野先生に諭されてしまった。

ちなみに葵先輩が3000m、久美子先輩が800mに出場する。

2人とも試合は初日の今日行われる。
そんなわけで、今回は宿を取らず、部員全員が永野先生の車で日帰りだ。

先生曰く、久美子先輩が決勝まで残ったら、明日もう一度、往復するそうだ。

「天地がひっくり返ってもそれは無い」
当の久美子先輩はしきりに語っていた。

それと永野先生の愛車は青のラポンなのだが、それだと駅伝部計7名を乗せる事が出来ないので、実家から親のエステュマを借りて来たらしい。

その時初めて、先生が今は1人暮らしをしていることを知った。

そう言えば、部活に入って約二ヶ月。
あまり気にしなくなったが、未だに永野先が陸上経験者であるだろうと言う予測をしたまま、どう言った選手だったのかを聞かずにいたのを思い出す。

とは言うものの、わざわざ聞くのもタイミングを掴みにくい。

「なにこれ? 陸上競技場ってこんなに大きいの!」
「そっかぁ。あさちゃんは初めてかぁ」
口をあんぐりと開けて驚く麻子に対し、紗耶はなんとも冷静だった。

「あたしは中学の時、バスケ部だったから仕方ないじゃない。それを言うなら晴美だってそうでしょ?」
「残念。私は聖香の応援で何度か来たことがあるから、初めてじゃないかな」
麻子の自信に満ちた一言に晴美は苦笑いをする。

自分だけが初めて来たことに気付いた麻子は「みんな。初々しさを忘れてる」と思いっきり負け惜しみを口走っていた。

まぁ、私も中学生の時、初めてこの競技場に来て、今の麻子と同じようなセリフを言ったことがあるのだが、それは黙っておこう。

私達が競技場の前でワイワイやっていると後ろから声がした。

「あら。澤野聖香じゃない。なんでこんなところにいるのよ」
その声を聞いただけで、私は相手が誰だか分かってしまう。
えいりんが唯一私のことを『さわのん』と呼ぶように、私のことをいまだにフルネームで呼ぶ人間がひとりだけいる。

「いたら悪いの? 相変わらずな喋り方ね、山崎藍子」
わざと私もフルネームで相手を呼びながら後ろを振り返る。

そこには、私よりもあきらかに長身で、肌が白く生まれつきの茶髪を短くまとめたその人物が立っていた。

ただ、驚いたのは彼女が着ていた服である。
『城華大付属』と左胸に刺繍の入った上下蛍光オレンジのジャージ。

つまりは今私の目の前にいる彼女は、県内で一番強い学校の陸上部と言うことだ。

確かに彼女の実力なら大いにありえる。
と言うより、その高校以外はありえない。

「走るのを辞めたって聞いたんだけど。城華大付属の推薦も蹴ったんでしょ」
「まぁ、色々あってね。今は地元の桂水高校よ」
「そう。何はともあれ、あなたがまだ走るのを辞めて無くてよかったわ」

山崎藍子は本当に嬉しそうに私に語って来る。
その理由が分からずに私は首を傾げる。

「だって、そうでしょ。私達の代は、澤野聖香と市島瑛理、それと私で三強って言われてたのよ。でも、当の本人からしたら迷惑な話よね。3人で一括りなんて。高校になったら誰が一番か分からせてあげようと思ったのに……。市島瑛理は県外に行くし、澤野聖香は走るの辞めたって聞いてたし。あやうく、目標がなくなるところだったわよ」

「でも私、中3の時に藍子に負けたこと一度も無いけど?」
ごく自然にそんな言葉が口から洩れていた。
それを聞いた瞬間、山崎藍子が顔をしかめる。

「さっきプログラム見たけど、あなた今回はレースに出ないみたいね。3000m見てなさい。言っとくけど、中学までの私とは別人だから」
そのセリフを最後に山崎藍子は競技場へと歩いて行ってしまった。

「うわぁ。山崎さんとせいちゃんが一緒にいる所、久々に見たんだよぉ。中学の時は、三強の3人には近寄りがたかったんだよねぇ。今はせいちゃんに対してなら、まったくそう思わないけど」

「それって喜べば良いの? それとも悲しむべきなの?」
無邪気に笑う紗耶に、私は本気で問いただしてしまう。

「まぁ、うちが今のやり取りをみて思ったのは、ただ一つね。ユニホームは作って貰ったけど、良く考えたらジャージが無いわ。これは綾子先生に言うべきよ」
葵先輩が握り拳を造りながら、なんとも的外れなことを口に出す。

いや、部長としてはしっかりと部のことを考えた立派な意見なのだろうか。

そんなやり取りをしていると、受付を終わらせた永野先生が帰ってきた。
永野先生と合流し、私達はスタンドへと向かう。

「こら、お前ら真っ直ぐ前見て歩け」
先生が持って来たプログラムを見ながら歩いていた私達は怒られてしまう。

なぜだろう。プログラムとかを貰うと、我先にと誰がどんな種目に出るのかを確認したくなる。

それでも、怒られた以上、見たいのをぐっと我慢してまずはスタンドへ行き、荷物を置く。

ゴール上方は屋根もあり日差しも弱かったので、そこに陣取ることにする。
荷物を置くと、やっぱりみんな我先にとプログラムを見ようとする。
そんな私達を見て永野先生はややあきれ気味だった。