風のごとく駆け抜けて
決戦!2度目の高校駅伝!
また今年もこの時がやって来た。
私にとって、桂水高校駅伝部にとって2度目の。
紘子と朋恵にとっては初の。
そして……。
葵先輩にとっては、泣いても笑っても最後の県高校駅伝が。
開会式会場に着き、由香里さんの車から降りて体育館のロビーへと向かう。
「気のせいかなぁ。妙に視線を感じるんだけどぉ」
紗耶が何を言っているか、分かる気がした。
車から降りた時からいろんな人がこっちを見て来る。
最初は気のせいかと思ったが、あきらかに気のせいではなかった。
「そりゃ、今年は桂水が城華大付属に勝つのではないかと言われてるんだ。注目もされるだろうよ。いいじゃないか、それだけお前らも強くなったってことだ」
やはりこう言うことには慣れているのだろうか。
特に気にすることなく、永野先生はそれだけ言ってオーダー用紙を提出しに行く。
「あの……。あの蛍光オレンジの集団って城華大付属ですよね」
「そうよ。てか朋恵……、あなた震えること無いでしょ」
麻子の言葉に朋恵を見ると、確かに今の朋恵はライオンの前にいるウサギのように怯えていた。
「別に怖くないよぉ。わたしは城華大付属に友達もいるんだよぉ」
「自分もいますし。まぁ、走る時は敵ですけど」
「あ、私もだ。そう考えると結構友達率高いわね」
紗耶と紘子に続き私が言うと、誰もが首を傾げて私を見る。
そんなみんなの姿を見て私も首を傾げるしかなかった。
私、何かおかしなことを言っただろうか。
と、山崎藍子がやって来る。
「澤野聖香、調子はどう? まぁ、アンカーで私の背中を見ながら走るあなたにとって、調子が良いも悪もないでしょうけど。けど、私の背中を一秒でも長く眺めながら、『やっぱり山崎藍子様には勝てないんだ』って悔しがってもらうためにも、それなりに調子が良くないと困るわね。一瞬で背中が見えなくなっては面白くないもの」
「藍子は今年もアンカーなんだ。ごめん、私2区だから」
その一言に藍子の表情が凍り付く。
一瞬、動きが止まっていたがすぐに身震いをし始める。
「あなた、チーム2番手でしょ? なんでアンカーじゃないよの! 私がこの一年間どんな気持ちで待ってか知ってるの! トラックでは総体も選手権も逃げられるし! それでも駅伝だけは5区で勝負できるだろうと思ってったのに! もういい。澤野聖香のバカ!」
涙目になりながら山崎藍子はどこかへ行ってしまった。
あれだけ言うところをみると、多少は私と走れることを期待していたのかも知れない。
「で、聖香。城華大付属にいるあなたの友達って誰?」
麻子がかなり真面目な顔をして聞いてくる。
「え? いやだから今見たでしょ。山崎藍子だって。お互い口が悪い時もあるけど、仲はかなり良いわよ」
なぜこんなにも必死で説明しているのだろうと、自分で思うくらいに必死で訴える。だが、みんな「うーん……友達といえるのかなぁ」とかなり悩んでいた。
昨年同様、開会式はずいぶんと長かった。
初めての経験である紘子と朋恵はもちろんのこと、2回目である私達ですら少しぐったりしそうな気分だった。
やっとの思いでロビーへと出て永野先生と合流する。
不思議なことに永野先生は随分渋い顔をしていた。
「ああ、来たか。ほら城華大付属のオーダー表だ」
永野先生が差し出した一枚の紙を葵先輩が受け取り、私達全員で覗き込む。
1区雨宮桂(1年)
2区工藤知恵(1年)
3区貴島由香(2年)
4区西真奈美(3年)
5区山崎藍子(2年)
補員三輪さくら(3年)
補員岡崎祐(3年)
「岡崎さんの名前が無いんだよぉ」
紗耶が真っ先に気付く。
よく見ると岡崎さんの名前は補員に入っていた。
先ほどの開会式で岡崎さんは選手宣誓をしていたが、別に調子が悪いようには見えなかった。
私もまさか岡崎さんがメンバーから外れているとは思わなかったので、よく見ていなかったが、じっくり観察をしたらなにか違って見えたのだろうか。
「あと、この西真奈美って人は聞いたことがないかな。今までの試合のプログラムでも見たことが無い気がするよ」
「そうねえ。うちと同じ3年生らしいけど、うちも知らないわね」
マネージャーとしてプログラムを一番見ているだろう晴美、同じ学年である葵先輩すらも知らないのだ。私を含め他の部員もが知っているはずもなかった。
「そうか、大和は西のこと知らないのか。その西って子は広島出身なんだよ。中学時代は広島で800mと1500mで2冠するくらい強かったんだ。全国でも確か4位くらいになってたな。そんな子が城華大付属に入ったんで、OBの間では当時少しだけ話題になったんだ。でも、高校に入ってからは故障などが多かったらしく、一度も試合には出場していない。それこそ記録会を含めて一度もな。それがこの駅伝でいきなりレギュラーだ。色々と考えたくもなるさ」
なるほど。だからさっきあんな顔をしていたのか。
確かに言われてみると妙な気はした。岡崎さんの調子が悪いとしても三輪さくらと言う人がいる。
面識はまったくと言っていいほど無いが、確かこの前の県選手権1500mで5位だったはずだ。
その人を使わずに、今まで試合に出たことがない西さんを使って来るというのはどう言った理由なのだろうか。
「綾子先生らしくも無いですね。ここまで来たら考えてもしかたありませんよ。もう後はうち達の走りをするだけです」
その一言に私は思考を停止させる。
葵先輩の言う通りだと思った。
開会式が終わった後は、昨年同様、軽めの練習と宿でのお風呂、食事といつもの流れをこなす。
ただ、昨年と違うことがひとつだけあった。
「よし、書けた」
麻子が満足に頷き、私にペンを渡して来る。
今年の県高校駅伝からルールが一つだけ改正された。
今まで主催者側が用意していたタスキを今年から各参加校が準備することになったのだ。
永野先生は、ユニフォームのランパンと同じ、綺麗な青色に金色の文字で『桂水高校』と書かれたタスキを準備していた。
都大路出場、つまりは1位が取れますようにと文字を金色にしたと言うあたりが随分と粋な計らいだと思った。
ペンに続き麻子からタスキを受け取る。「みんなでタスキの後ろに文字を書こう」と、提案したのは紗耶だった。全員それに賛成し、こうしてミーティング中に書いているのだ。
タスキに書かれた麻子の言葉を見ると『一走懸命』と書かれていた。
おそらく一生懸命をもじった麻子の造語なのだろうが、なんとも微妙だ。
私は『全力疾走あるのみ』と書いて紗耶にペンとタスキを渡す。
永野先生と由香里さんを含め全員が書き終わりミーティングは終了となる。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻