風のごとく駆け抜けて
波乱万丈ロードレース
「これは、予想以上にスース―するかな」
定期テストが終わった10月上旬。
部室で晴美がユニホームを着た感想を述べる。
10月中旬にロードレースへ出るために、最近は晴美もアップやダウンの時、またはジョグの日などを利用して走っていた。
聞けばテスト週間中も自主トレで一日8キロくらいジョグをしていたのだと言う。
それを部活の時に聞いた永野先生が、せっかくなので3000mのタイムトライを一緒にやってみようと言出し、今のうちにユニホームを一度来てみたらと葵先輩が提案したのだ。
私も晴美のユニホーム姿を初めて見たが、想像以上に似合っていた。
当の本人は、着慣れておらず落ち着かない様子だが。
そのユニホーム姿で晴美は3000mのスタートラインに立つ。
「ものすごく緊張するかな。普段の立ち位置と1mしか離れてないのに別世界だよ」
晴美にしては珍しく、表情がガチガチになっていた。
普段はマネージャーとして、スタートラインの内側でストップウォッチを持ちスタートの合図をしている晴美。
今日は、トラックに立ち、走って行く側なのだ。
晴美がいったいどれくらいのタイムで走るのか、私でも想像がつかない。
本人曰く「21分は切れると思うかな」と言っていたが、どう考えてもそれ以上に速いとは思う。
朋恵にいたっては、「私……負けるかも」と本気で不安がっていた。
その発言に、誰もが「それは絶対にありえないから」と本気でツッコミを入れる。
そんな弱気発言をする朋恵だが、いざ走ってみると、とんでもない結果を出した。
選手権で10分48秒と言う、朋恵としてはとんでもない記録を出したばかりだが、今日の練習でその記録をさらに2秒更新してみせた。
今まで3000mを走れば必ず記録を更新していた朋恵。
さすがに今回は無理だろうと誰もが思っていたが、今回も見事に更新。
これは本当に夏合宿の成果が出て来ているようだ。
そして晴美は、なんと14分56秒でゴールした。
「すごい……。私が初めて走った時よりも4分も速いです」
朋恵は自分が記録を更新したことよりも、晴美の記録に大いに驚いていた。
とうの晴美はゴール後ふらふらになっており、「本番は後2キロもあるんだよね。私、完走できるのかな。挫けそう」と苦笑いをしながら、珍しく弱気な発言をしていた。
とは言うものの、その後も晴美は毎日ジョグをこなし、しっかりと練習をした状態でロードレースを迎えることが出来た。
「うわぁ、人がいっぱいだよぉ」
ロードレース会場に到着し車を降りると同時に紗耶が叫ぶ。
でも、叫びたくなる気持ちもよく分かる。
本当に人だらけだ。
いつもは高体連の試合にしか出ないため、市民レースの参加者がここまで多いとは思わなかった。
「まぁ、この季節でこの場所だと余計にね。ってみんな降りたわね」
私達が全員車から降りたことを確認し、由香里さんは鍵をかける。
秋も深まり涼しくなり、街中から少し離れた山の中で行われるこの大会。
きっと走った後で行楽を楽しむ人もいるのだろう。
よくよく周りを見渡すと、食べ物や飲み物を持ちよっている人達も大勢いる。
それにしても由香里さんがジャージを着ていると言うことが未だに違和感だ。
今朝も永野先生に文句を言っていた。
「まぁ、私も由香里のペースで走るから」
「何言ってるの? あんた妹はどうする気よ」
そう、実はこの大会、部員意外にもう1人参加者が。
永野先生の妹、恵那ちゃんも一緒にやって来たのだ。
私達も事前に何も聞いておらず、校門にやって来た由香里さんの車から永野先生と恵那ちゃんが下りて来たのを見てビックリした。
「恵那は3キロだから別にほっといても大丈夫。さすがに、小学6年生に5キロを走らすわけにはいかないからな」
永野先生はそう言うが、恵那ちゃんは随分と不満そうな顔をしていた。
どうも本人は5キロを走りたかったらしい。
「それにしても、ハーフマラソンが900人。10キロが600人。5キロに400人。3キロに100人。それにファミリーの部もあるらしいから……。ざっと2000人以上はいるわね。一度でいいからこれだけの大人数の前で演奏してみたいわ」
受付けを済ませ、プログラムを見ながら由香里さんがため息をつく。
と、自分のプログラムを見ていた私はあることに気付いた。
「永野先生、これって」
私が指差して永野先生に見せたのは、ゲストランナーのページだった。
「ゲストランナー。昨年度、世界選手権マラソン代表、水上舞衣子? 何これ? 知らなかった。舞衣子が来てるの?」
言い終わると同時に永野先生は携帯を取り出し、どこかへ電話を掛ける。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻