風のごとく駆け抜けて
えいりんと別れて姉のアパートまで帰って来ると、姉はすでに起きており朝御飯を作っていた。
「あんた本当に走るの好きなのね」
姉の顔はあきらかにあきれ顔だった。
そんな姉を適当にあしらいながら、シャワーを浴び朝御飯を食べる。
片付けは私がおこない、その後姉に連れられて熊本城を見に行く。
つい数時間前に外から見た熊本城は、中に入り間近で見るとその時以上に堂々として見えた。
天守閣からは熊本の街が一望出来る。
さらには遥か遠くに阿蘇山がそびえ立っていた。
その素晴らしい景色に私は素直に感動してしまう。
その後、路面電車とバスを使い、競技場にたどり着くと、すでに13時45分だった。バスに乗るのにバス停が分からず、手間取ってしまったのが原因だ。
そもそも、姉の説明も分かりにくかった。
アパートに帰ったら文句を言ってやろう。
そう思いながら、スタンドに上がる。
えいりんは無事に決勝に残っているのだろうか。
いや、予選落ちをしていたら携帯に連絡ぐらい来るだろう。
「あ!」
そこまで考えて大声をあげてしまう。
周囲の観客が一斉に私の方を向く。
あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になり、反射的に下を向く。
携帯に連絡もなにも、お互い連絡先を知らないのだ。
早朝出会った時も携帯を持っておらず、どちらも相手の連絡先を知らないと言うことが確認されただけで話が終わってしまった。
これは、もう一度えいりんに会って番号を聞かないといけない。
そう思い顔を上げると、1500mのスタートラインに人が集まりだしていた。
でも、私はホームストレートの中心地点からかなり上段に上がった場所にいるので、えいりんがいるのかどうかは肉眼で確認出来ない。
その時、向かって右手側にあるオーロラビジョンへ1500mのスタートラインに並ぶ選手達が映し出される。
カメラが1レーン側から外側に向かって流れる。
私は食い入るようにその映像を見る。
6人くらい行った所でえいりんが映る。
紫の上下に腰と肩辺りに黄色のラインが入っており、胸にはやはり黄色で『鍾愛女子』と名前が入っている。
朝は何もしていなかったが、今は前髪をピンで留めていた。
全員がオーロラビジョンに映り終わると場内にアナウンスが流れる。
陸上経験者にとってはおなじみの放送だ。
「ただいまよりトラックで行われますのは、女子1500m決勝であります。予選は本日10時より行われ、3組の各4位までと各組5着以下上位4名、計16名によりまして決勝が行われます。それでは出場する選手をレーン順に申し上げます」
その後、選手が紹介されていく。
中学生に大学生、社会人と本当にさまざまな年齢の人が決勝に残っていた。
「続きまして第7レーン。市島さん。鍾愛女子」
名前を呼ばれえいりんが手を上げて一礼をする。
「なお、市島さんは予選トップの記録であります」
驚いた。朝出会った時に優勝してみせると確かに言っていたが、冗談と言うかあくまでそう言う気持ちでと言う意味かと思っていた。
えいりん、本気で優勝する気なのか。
選手紹介も終わり、いよいよスタートとなる。
選手がラインぎりぎりに並び、一瞬の静寂の後、ピストルの音と同時に一斉に飛び出す。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻