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風のごとく駆け抜けて

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私にとっては多少オーバーペースだったが、清水千鶴にとってはよほどきつかったのか、私が先頭に出て100mも走ると足音が随分と小さくなった。

ただ、わずかながら聞こえると言うことは大きく離れたわけでもないようだ。

オーバーペースで入ったせいか、700mを通過する時点ですでに息が上がり始めていた。

どれだけ酸素を取り込んでも足りない気がする。

それでも脚は動くのがせめてもの救いだ。
しっかりと地面を蹴りながら、肩甲骨を寄せるようにして、胸を広げるように意識する。

こうすると肺が広がって、酸素をより取り込める。

私の独走はしばらく続く。

出来れば競り合いの方が記録は出やすいのだが、よく考えるとえいりんが記録を出した時も最初から最後まで1人旅だった。

それを考えると、贅沢は言ってられない。

ただ1人だと、ペースが落ちたことに気付きににくい。
ラスト400mの地点で電動計時は3分10秒を表示していた。

ある程度は覚悟していたが、ペースが落ちている。
それでも頑張ればえいりんの記録は破れそうだ。

ラスト1周の鐘がなり、自分に気合いを入れるために左手で太ももを叩く。
その音が妙に大きく聞こえた。

そして気付く。

集中していたせいか、それともきつくなって余裕がなくなったためか、最初の1周目で聞こえていたみんなの応援が耳に入って来なかった。

言い方を変えると、周りの状況が見えなくなっていたのだろう。
気付いた時には、その音が真後ろから聞こえてきた。

私以上に息を荒げ、必死に酸素を求める息遣い。

後ろを振り返って確認したわけでは無いのに、直感が清水千鶴だと告げていた。

ペースが落ちすぎたのか、それとも相手の方がスタミナがあったのか。
一瞬原因を探るが、今この状況においては、そんなことどうでも良いと悟る。

清水千鶴に追いつかれた。
その事実だけで十分だ。

ラスト300mになったところで、清水千鶴が私の横に並んで来る。

ここで相手を一歩でも前に出すと、そのまま大差を広げられてしまいそうな恐怖感が脳裏をよぎる。

私は必死で腕を振り、清水千鶴を前に出させないように前へ前へと進んで行く。

脚が限界近くまで疲労しているのが分かる。
着地した脚が地面を蹴るまでの時間が、コンマ数秒だが走り始めよりも遅くなっている。

地面との接地時間が長い分、スピードが出ていないのだ。

ラスト200mになり、カーブへと入ると清水千鶴は私の後ろにぴったりと付く。

不思議と追われている感じはしなかった。
なんと言うか、真後ろにいるはずなのに、恐怖感がない。

その理由は、ラスト400mで聞こえていた呼吸音がなくなり、足音だけが真後ろを付いて来るだけとなったからだ。

息を荒げながら後ろをついて来られると、それだけで圧迫感がある。

そして、カーブを抜けラスト100mに差し掛かる瞬間。
自分がとんでもない勘違いをしていることに気付いた。

「呼吸音がしないと言うことは、相手はそれだけ余裕があると言うことじゃない!」
気付いた瞬間、私はペースを上げる。
それと同時に清水千鶴が再び真横に並んで来る。

いや、頭の中で自らに叫ぶのがあと0・1秒でも遅かったら完全に抜かれていただろう

残りたった100mなのに、ゴールが遥か先に見える気がする。

レース前、確かに私はタイムを狙っていた。
でも、今この状況において、タイムとか順位とか考えられない。

横にいる相手より、先にゴールしたい。
ただそれだけだ。

私と清水千鶴の並走は50m続く。
自分の脚はとっくに限界を超えている。

今の私を動かしているのは負けたくないという意地だけだ。

ラスト20m。
相手のペースが一瞬落ちた。

ここぞとばかりに私は地面を強く蹴る。
ぐっと体を前に出し、一歩分リードを奪う。

結局この一瞬が勝負の明暗を分けた。

ゴールを駆け抜けると、あまりのきつさに私はその場に倒れ込む。
その横に清水千鶴も倒れ込んで来る。

2人とも、駆け寄って来た補助員や係員に助けられながら起き上る。
オーロラビジョンを見ると速報が出ていた。

4分19秒01。

あ、えいりんの記録に勝ったんだ。
そう思うと全身の力が抜け、私はまた倒れてしまった。


「聖香。大丈夫かな?」
晴美の声が聞こえた。

目を開けると、晴美の顔が視界いっぱいにあって、ビックリする。

「ど……どうしたのよ晴美」
「それはこっちのセリフかな。聖香がゴールして倒れたから、紘子ちゃんと慌てて降りて来たんだよ」

どうも私はトラックの外側にある芝生に寝かされていたようだ。
ゆっくりと上半身を起こすと、すぐそばで紘子が心配そうにこっちを見ていた。

「おはよう紘子」
心配をかけまいと笑って見せたが、紘子はふて腐れていた。

「紘子ちゃん、聖香が倒れた時に泣きそうになってたかな」
晴美が笑いながらそっと私に教えてくれる。

「ごめんね紘子。心配してくれてありがとう」
「まったくです。聖香さん頑張りすぎですし。頑張るというか無茶ですし」
紘子に言われ、私も苦笑いするしかなかった。

その紘子の後ろから、現れたのはなんと清水千鶴だった。

「完敗だった。正直、県チャンピョンになれる自信あったんだけどな」
清水千鶴はなぜか笑顔だった。
一瞬、なぜ彼女が笑顔なのか分からなかった。

「でも4年前の結果がまぐれじゃないって分かったから、自分の中では納得してるけどね。いや、ここ数年あまりにも走れなくて、あの優勝はまぐれじゃないかって思ってたんだけど……。さすがに4分19秒55って記録はまぐれじゃ出ないかなって」

清水千鶴の話を聞いて、彼女も4分19秒台だったことを知った。

なるほど、彼女が県チャンピョンを目指していたのは自分の力を確かめたいと言うのがあったのかも。

「次に勝負する時は、負けないから。って言うかあたしが圧勝するけどね」
「そのセリフ、そのまま返すわ」
冗談っぽく言う彼女に笑って返すと、彼女も声を出して笑いだす。

「ねぇ、澤野さん。携帯の番号交換しよう。あ、それとこれからは聖香って呼んでいい? あたしのことは千鶴でいいから」

唐突に言う清水千鶴の一言に思わず頷くが携帯を持っていないことに気付き、表彰式の後で交換することを約束した。

ちなみに私達2人と一緒に表彰台に上がったのは貴島由香だった。

「あなた達、化け物かなにか? まったく付いて行けなかったんだけど」表彰式で会った時、貴島由香はため息をついていた。