風のごとく駆け抜けて
県高校総体開幕!
大型連休後に行われた3000mタイムトライ。
葵先輩と朋恵が好走した。
久美子先輩が転校し、なにか思うところがあったのか。
新しい学年になってから葵先輩の走りが変わりつつあった。
今までは私や麻子に負けて当たり前。
取りあえず、付ける所までついていこうと言う練習スタンスだったが、最近は隙さえあれば勝ってやると言った感じで、積極的な走りを見せる。
今日も最初の600mは私の前を走っていたし、晴美によると2600mまでは麻子と競り合いだったらしい。
朋恵にいたっては、わずか一ヶ月で自己ベストを3分半近くも更新した。
「朋恵ちゃん、15分24秒」
晴美がタイムを読み上げると、息切れをしながらゴールした朋恵の顔が笑顔に変わる。
「タイム的にはまだまだだが、那須川は化けるかもしれないな。短期間でこれだけタイムを短縮すると言うことは、才能がありそうだ」
永野先生もタイムを聞いて感心していた。
だが、褒められた当の本人は
「いえ……。今のタイムでもかなりキツイです。みなさんと同じタイムで走ったら、死んでしまいます」
と、かなり弱気だった。
この日のタイムトライを見て、6月に行われる県高校総体の出場種目が決定した。
3000mに葵先輩、麻子、紘子。
1500mに私が。800mには紗耶がエントリーとなった。
1500nへの出場が決まった時に、まったく正反対の気持ちが心に浮かぶ。
中学以来の1500mを素直に嬉しいと思う気持ちと、いったい自分がどこまで走れるのだろうかと言う不安だ。
順位で言えば、もちろん優勝が目標だ。
だが、私にはもうひとつ大きな目標があった。
この前えいりんが出したタイムを0、01秒でも良いから上回ること。
もちろん、それが容易でないことも理解してる。
えいりんと私で条件が違うのは分かっているが、それでも同じ種目を走る以上、タイムで負けたくない。
そんな思いで日々一生懸命に練習をしていたら、あっと言う間に一ヶ月が過ぎ、気が付けば県総体の日となった。
私達2年生にとっては、初出場となる県総体だ。
県総体当日の朝、集合場所の教員駐車場にはほぼ全員がそろっていた。
いや、正しくは部員は全員そろっていた。
肝心の顧問と副顧問がいないのだ。
「綾子先生、駅伝の時もぎりぎりだったわよね」
携帯で時刻を確認し、葵先輩は顔をしかめる。
「まぁ、永野先生と由香里さんは一緒に来るとは思いますけどぉ」
「あの……。由香里さんって誰ですか」
朋恵の質問を聞き、1年2人は由香里さんに会ったことが無いと言う事実に気付く。
晴美が由香里さんの説明を始めると、駐車場にハイネースがやって来る。
運転手は由香里さん、助手席には永野先生が座っていた。
降りて来た2人に、全員であいさつをする。
「おはよう。よし、みんなそろってるな」
永野先生が私達の顔を確認し、あいさつを返す。
その後ろで、由香里さんがすごく不機嫌そうにしていた。
「聞いてよ。綾子ったら私が迎えに行った時にまだ寝てたのよ」
「ちょっと由香里、それは生徒に言わないでって言ったでしょ」
「確かにそう言われたけど、私は言わないって約束してないもん」
2人のやりとりを見ていると、子供の喧嘩を見ているようだ。
それを横にいた紘子に小声で言うと、「いやいやいや」と否定された。
「あれのどこがですが、あれは反則ですし」
「あの……。同じ人間なのに、どうしてこうも差が出るんですか」
紘子に続き、朋恵までもが由香里さんをじっと見て悲しそうな眼をしている。
「人間には持つ者と持たざる者がいるのよ。こればっかりは、逆らえないわ」
と、2人には辛い現実を教えておく。
「鍋のフタとメロンくらい違っても呼び名が一緒って……笑えないし」
紘子は本気で悔しそうな声でぼそっと呟いていた。
そんなやり取りの後、わたし達は由香里さんの車で競技場へと向かう。
「え……陸上競技場ってこんなに大きいんですか」
生まれて初めて競技場を見たと言う朋恵が、感動の声を上げる。
「朋恵ったら、初々しすぎ。小学生じゃないんだから」
麻子の一言に、私と紗耶、晴美に葵先輩が一斉に麻子を見る。
記憶が確かなら、昨年初めて競技場を見た麻子は、思いっきり子供のようにはしゃいでいたはずだ。
その後、全員でスタンドに上がり、プログラムを確認する。
「えっと……藤木さんが出場する800mが6組3着プラス6だから……」
プログラムを見ながらつぶやく朋恵に麻子が素早く反応する。
その早さと来たら、飼い主が帰って来たことを察知した犬のようだ。
「朋恵、陸上初心者だから分からないでしょ。教えてあげ」
「つまり……予選が6組あって上位3名が無条件で次に進んで、それ以外でタイムが良かった6名も次にいけるってことで合ってる? ひろこちゃん」
「さすが朋恵。教えたことはすぐに覚えるし」
昨年覚えたばかりの知識を自慢げに披露したかったのだろう。
麻子は悔しそうに2人を見る。
よく考えたら「6―3+6」と表記されているものを6組3着プラス6と言えている時点でしっかり理解してる証拠だ。
「さぁ、わたしはさっそくアップに行ってこようかなぁ」
紗耶は荷物をまとめ、出発の準備を始める。
桂水高校が出場する種目で言うと、初日に800mの予選、準決勝、3000mタイム決勝。
2日目に800m決勝。3
日目に1500mの予選、決勝が入っている。
紗耶が決勝に残らなかった場合、2日目は誰もレースが無い。
紗耶が出かけたあと、プログラムを見ていた葵先輩が、「うん?」と唸る。
「3000mに城華大付属は1年生が2人も出てるわね。雨宮桂と工藤知恵って子。雨宮桂は紘子が前に言っていた全中優勝者でしょ」
「工藤知恵? それ昨年の県中学駅伝1区区間賞です。城華大付属に行ってたなんて知らなかったし。てか桂も何も言って無かったし。あ、ちなみにその子中学の時はソフトテニス部です」
紘子の解説に、城華大付属にまた1人強力なメンバーが入ったことを知る。
3000mには、城華大付属から山崎藍子もエントリーしていた。
今回も私と藍子は別種目でのエントリーだ。
会ったらなにか言われそうだな。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻