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風のごとく駆け抜けて

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ロビーを過ぎ、階段を上がって右に曲がり2つ目がえいりんの部屋だった。
部屋の入り口には『市島瑛理』と書かれたプレートがかかっている。

「えいりん、1人部屋なんだ。こう言う寮って相部屋なイメージがあったんだけど」
「あながち間違ってはないよ。現に1人部屋は23人いる部員のうち5人だけだし」

つまり、5人以外は相部屋と言うことだろうか。
部屋に入ると、随分と質素な感じがした。

備え付けの机に二段ベッド、それに教科書が入っている小さな棚。
後は奥にあるクローゼット。部屋にあるのはそれだけだった。

テレビやパソコンは一切無し。
そう言うところは、自分が思っている寮そのものだ。

「まぁ、私物はそんなにないけどね。その方が最悪部屋を移る時に楽で良いし」
「部屋を移る? そんなの年に1回でしょ?」
「それが違うの。さっき言ったでしょ。1人部屋は5人だけって。5人と言われて思いつくことは?」

私が考える間に、えいりんは肩に掛けていた荷物を降ろし、片付け始める。

「あ、女子の都大路は5人だ」

「さすがさわのん」
私の回答に、えいりんはご満悦そうだ。

「昔は県駅伝のメンバー5人だけが1人部屋だったらしいんだけど、いつのまにか上位5人になったんだって。三ヶ月に一回、3000mのタイムトライ一発勝負で決まるのよ。学年も過去の栄光も一切関係なし。そのタイムトライで上位5位に入った人だけが、三ヶ月間1人部屋を与えられるわけ。ちなみに私は昨年の7月から十一ヶ月間ずっと死守してるけどね」

二段ベッドの上を物置にしているらしく、えいりんは説明しながら背伸びをして、上の段へ物を片付けていた。

強い学校は生活する場所すら勝ち取らなければいけないらしい。

うちの駅伝部なんて、部室は元体育倉庫。しかもボロボロ。

自然とみんな着替える場所も決まっており、場所を取り合うなんてこともなかった。

でも、部員同士の変な競い合いが無い分、団結力は絶対他の学校よりもあるはずだ。

「ところでさわのん、緑と青、どっちがいい?」
まだごそごそしていたえいりんが突然聞いてくる。

「青!」
私は元気よく答える。

「よし、じゃぁ下着は青で決まりと。後は……ブラウスにしようかな」
ブラとパンツを持って、えいりんは奥のクローゼットへと移動する。

「いや、なんで私の意見で下着の色が決まるわけ」
「え? だって脱がす時に好きな色の方が良いでしょ」

なぜそんな当たり前のことを聞くの? と言った顔でえいりんが私を見る。
しかも、可愛く小首をかしげて。

いや、そもそも何がどうなったら私がえいりんの下着を脱がすことになるのか、一から十まで説明して欲しい。

えいりんが着替え終わり、2人で街に繰り出す。
中心の上通りまで徒歩5分。
寮が賃貸アパートだったら、さぞ家賃も高かったことだろう。

「まずはこの店から」
えいりんは、言うと同時に一軒の店に入る。
入ってすぐに、この店が何屋か分かる。

Tシャツにジャージ、時計にシューズ、サプリメントにサングラス。
走るための道具がところ狭しと並んでいる。

ランニング専門店だ。

もちろん桂水市にもスポーツ店の一角にランニングコーナーはあるが、お店すべてがランニング関係と言うのは初めて見た。

「こんにちは」
この店の常連なのだろう。
えいりんは元気よくあいさつをして奥へと進んでいく。

ガラス張りの壁と、天井からの照明で、外にいるのと変わらないくらい明るいお店だが、それに負けないくらい明るい声だった。

「お、市島さん。どうだった県選」
レジの男性がえいりんを見るなり、声を掛けて来る。

「県高校新記録で優勝しました」
右手を高々と上げて、えいりんが嬉しそうに報告する。
レジの男性だけでなく、奥から出て来た店員さんからも、祝福の声が上がる。

「じゃぁ、約束通り写真を撮って飾ろうか。そっちの子は友達? 一緒に写る?」
「うーん……親友だけど、倒したい相手ですかね。彼女、私より走るの速いですよ。現に昨年都大路で1区7位だった選手に県駅伝で勝ってますからね」

えいりんが私のことを説明すると、店員がみんな驚く。
「えいりんが大げさに言っているだけです」と、必死で弁解するがライバル同士が一緒と言うのも面白いだろうと、結局2人で写真に写った。

昨日、今日とよく写真を撮られている気がする。

その店でTシャツを買って、アーケードに向かって歩き出す。

しばらく歩き、私は自分の眼を疑った。
そこは確かに本屋なのだが、入口前のスペースにカッパの銅像が置いてある。
それも大小合わせて3匹も。

真ん中のカッパが一番大きく座禅を組んでおり、そのカッパの周りには小さな池が彫ってあった。

よく見ると池の中にはお賽銭がいくつも投げ入れてある。

「ねぇ、これなんでお賽銭が入ってるの?」
不思議に思いえいりんに尋ねてみた。

「そりゃ、願いごとを叶えてもらうためじゃない。でも、カッパだから、泳ぎ関係のお願いしか叶わない気もするけど……。って、さわのん! ストップ! ストップ! なんで財布を投げ入れようとしてるのよ」

一瞬意識が飛んでいたが、えいりんの叫び声で我に返る。
危ない。全財産をつぎ込むところだった。

「もしかして、さわのん泳げないわけ?」
「……」
沈黙が答えとなってしまし、私が泳げないと知ると大笑いされてしまった。

失礼な。

そもそも生物は進化によって海から陸に生活の拠点を移したのだ。
だったら、陸のみで生活したって良いじゃない。

大笑いした後、見たい本があると言って、えいりんは店の奥に入って行く。

そこは資格コーナーだった。
えいりんは管理栄養士の本を手に取る。

「いやね。寮の食事を作ってくれる人が管理栄養士の人で。色々と話を聞いてたら、私もなりたいなって思ってね」
私に説明をしながらも、えいりんは熱心に本を見る。

「えいりんは管理栄養士になりたいんだ。私は高校教師になって理科と陸上部を教えるのが夢なんだよね。昨日、姉のいる信徳館大に行ったんだけど、すごく楽しそうだし、教員免許も取れるからそこに進学しようかと」

私が昨日のことを話すと、えいりんが驚きの声を上げ、目を丸くしてこっちをみる。

あまりに驚いたのだろう。
開いた口がそのままになっていた。