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*レイニードロップ*

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 そうして、二時間後。結局僕はまだ、写真を選ぶことが出来ずにいた。
 時間をかけて見れば見るほど、自分の下手さが際立って見えてくる。あまりに理想を抱きすぎなのだと冷静に自分のことを分析してみるけれど、それが分かった所で気持ちを整理出来るものでもない。そんな簡単なことならもっと早くケリを付けている。大体、これまで何ヶ月も悩んで選ぶことが出来なかったものが、二時間やそこらで選べるわけがないのだ。どだい、無理な話だ。
 疲れた目を、擦る。
 プリントアウトした写真の山は先よりも更に大きくなっている。ざっと、三十枚ほどは印刷しただろうか。デジカメ全盛のこの時代、現像する手間がかからないのは楽だけれど、その分自分の未熟さを突きつけられるのは、僕には少し辛い。
「はい、上がりー! スイちゃん三連勝ならず、だね」
「うー、おねーさん、もー一回!」
 スイと部長はソファでトランプをしている。すっかり仲良くなった二人に、ちょっとだけ疎外感を感じてしまう。
 ぼんやりと二人を眺めていると、ふと、スイが大きく口を開けて欠伸をした。
「スイちゃん、眠いのかな?」
「うー……ちょっと、眠いー」
「それじゃあ、今日はもうこのくらいにしようか。どうやら乃木崎くんも集中力が切れちゃってるみたいだし」
 僕の視線に気付いていたのか、責めるわけではないのだけれど、少し意地悪な口調で部長はこちらを振り向く。
 釣られて振り返っったスイと二人の視線に、僕は少し、どぎまぎする。別に悪いことはしていないし、何も緊張する理由なんてないはずなんだけれど。
「あ、いや、そーいうわけじゃ……」
「ま。煮詰まった時はさっさと寝るのもありさ。寝て、起きたら色々と解決してることも、ままあることだよ」
「……そーいう、もんですかね」
「そーいうもんさ」
 部長の楽観的な性格は、僕にとって優しくもあり同時に心苦しくもある。どうして部長はそこまで僕なんかを信じてくれているのか、疑問に思う。僕なんて、そんな大した人間じゃあないのに。部長みたいな天才に期待される程の者じゃあないのに。所詮、ただの凡人だというのに。
 また、気分が沈みかける。
 くいくい、とシャツの裾を引っ張られて、はたと我に返り、僕は下を向く。ちょっと恥ずかしそうな顔をしたスイが、じっと僕の顔を見上げていた。
「え、えーっと、どうかした?」
「あのね、えっと、おにーさん。スイ、おトイレ行きたいの」
「ああ、トイレなら、廊下に出て左の方に行ったところに……」
 ぎゅ、とシャツを引っ張るスイの力が少し強くなって、僕は言葉を切る。スイの顔が、少し不機嫌そうになっていた。
「おにーさん、一緒に付いてきて」
「……僕?」
「乃木崎くん、察してあげなよ。スイちゃんは暗いのが怖いんだよ」
「ち、違うもん! スイ、おばけなんか怖くないもん!」
「お化けなんて、誰も言ってないよ?」
「す、スイだって言ってないもん!」
 いや、完璧に言ってたけれど、まぁ、それはいい。
 けど、いくらスイが子どもだからって、僕がトイレに付いて行くのはどうなのだろう。スイは女の子だから、僕が女子トイレに入るということだ。部室棟の方には他の生徒や先生もいないようなので、別に誰に見られるわけでもないのだけれど。
「だったら、部長が付いて行ってあげればいーんじゃ……」
「だって、スイちゃんは君に付いて来てほしいんだろう」
 さっきから僕の足にしがみついているスイは、確かに断りがたい視線で僕を見つめている。
「僕は寝袋を貰ってくるからさ。その間に行ってくればいいさ」
 ひらひらと手を振る部長に、僕は諦めてスイに手を伸ばす。
「んじゃ、行こっか、スイちゃん」
「うん!」
 可愛く頷いたスイは、当たり前のように僕の手を取ってくる。全く、何の警戒もしないでくれちゃって。
「いってらしゃーい。ごゆっくりー」
「何がごゆっくりですか……別にすぐそこまで行って帰ってくるだけじゃないですか」
 からかう部長に一応ツッコミを入れておいて、暗い廊下へ出る。
 スイの手が、僕の手を少し強く握りしめてくる。
 確かに、夜の校舎というのはやっぱり怖いものだった。昼間に歩く廊下とは、全く別物だ。薄暗い廊下は、進む先に何があるのか分からない不気味さがある。
 別に、お化けも幽霊も信じていないけれど、思わずぶるりと背筋が震える。
「……おにーさんも、怖いの?」
「ちょっとだけね」
 心配そうなスイの声に、僕は素直に答える。だって実際怖いのだから、嘘をついても仕方がない。
「でも、大丈夫だよ。何が出てきたって、僕が一緒にいてあげるから」
「お化けとか幽霊が出てきても、スイのこと守ってくれる?」
「その時は、スイちゃんを抱っこして全力で逃げる」
「えー。おにーさん、格好悪いー」
「格好悪いって、だって、仕方ないじゃん。お化けとか幽霊相手じゃパンチもキックも効かないし。逃げるしかないよ」
 三十六計逃げるが勝ちって、古い人も言っているし。
 いかにも微妙そうな顔をしているスイに、僕もついつい苦笑いする。
「んー……じゃー、おにーさん、約束、してくれる?」
「約束?」
「スイのこと、何があっても絶対守ってくれるって」
 何があっても、ってまた大げさな。いかにも子どもっぽい約束に、吹き出してしまいそうになるのを堪える。
「いいよ、約束する。この先スイちゃんの敵がいたら、僕が守ってあげるよ」
「じゃあ、指切りげんまん、して!」
 じっと、僕を見つめてスイは小指を差し出してくる。
 あまりにも本気な瞳に、一瞬だけ躊躇う。スイは本気で、僕を信用している。
 僕は、後ろめたさを感じていた。僕なんかを、ただただ純粋に僕を慕ってくれるスイに。それはきっと僕の被害妄想でしかないのだろうけれど。
 小指を立てて、スイの小指に絡める。
「約束、する。スイちゃんを、守ってあげる」
 呪文のように紡ぐ。冗談のつもりで笑い飛ばせばいいのだろうけど、僕は少しだけ本気だった。スイの瞳に釣られてしまったのか、それとも後ろめたさのせいかは分からないけれど、もし本当にそんな場面が来たら、僕はきっとスイを守ろうとするだろう。そう、確信していた。
「ゆーびきーりげーんまん。嘘ついたら針せーんぼん飲ーます!」
 やたらと機嫌よく、笑いながらスイは腕を振るう。
「「指切った!」」
作品名:*レイニードロップ* 作家名:古寺 真