*レイニードロップ*
*
その人影に気付いたのは、ほんの数十メートルほどの距離まで近付いたところだった。丁度僕の家の前で、電信柱の影になるように立ち呆けている小柄な人影。首元に巻いたマフラーで、顔はうかがえない。だのにどうしてか、僕は彼女に見覚えがあるような気がした。
どくんと、心臓の音が聞こえる。まさか、そんなまさか。期待と否定を繰り返しながら、一歩一歩、近付いていく。
人影が、不意に顔を上げる。ぱぁと明るくなった顔が、街灯の下にはっきりと浮かび上がる。
「おにーさん!」
間違いない。僕の記憶よりも大人びていたけれど、その笑顔を、僕は確かに覚えていた。
「スイちゃん? 本当に、本物のスイちゃん?」
「本当にスイだよ! おにーさんのところに、帰ってきたんだよ!」
「まさか、また家出じゃないよね?」
ふっと、まさかあの時の繰り返しじゃなかろうかと僕は疑る。
「違うよー! もう、スイはそんな子どもみたいなことしないもん。ちゃんと、こっちの学校に、通うのを許してもらったんだよ! あれからずーっとお父さんにお願いし続けて、中学生になったらいいって、ようやく許してもらったんだからね!」
「えっと、こっちの学校に通うっていうのは、どこに住むの?」
「おにーさんのお家!」
「……いやいや。え、マジで?」
「うん。……ダメ?」
ダメ? だなんて上目遣いに尋ねられたら、そりゃあ、ダメだなんて言えるわけがないじゃない。
「……仕方ないなぁ」
どうにかするしか、ない。だって、僕はスイのことをずっと待っていたのだから。
諦めて、僕は息をつく。
トテトテと近づいてきたスイを、腕を伸ばして抱きしめる。
「おかえり、スイ」
「ただいま、おにーさん!」
*おわり*
作品名:*レイニードロップ* 作家名:古寺 真