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*レイニードロップ*

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 *おわりの話*


「しかし、乃木崎くんが地元に残るのは、ちょっと意外だったね」
「色々考えた結果ですよ。丁度いい写真スタジオの求人があったのも、ありますし」
「実際社会に出てみて分かることも沢山あるからね。いい経験になると思うよ。僕の体験上」
 僕の卒業祝いと就職祝いがてら久しぶりに会った部長は、前よりも少し落ち着いて見えた。部長は大学進学と同時に、CDジャケットの撮影などカメラマンとしての活動を本格的に始めていた。大人っぽい雰囲気に変わったのは、この一年の経験からだろうか。
「部長、今日はこっちに泊まらないんですよね」
「明日も予定が入ってるからね。このまま新幹線でとんぼ返りだ」
 部長にご飯をおごってもらった帰り道。盛り上がるのはこれからという時間だったけれど、僕と部長は並んで駅への帰り道を歩いていた。
 大学生活と撮影の仕事との二重生活はなかなかに多忙らしいが、ありがたい事に部長はわざわざ時間を取って地元まで帰ってきてくれていた。
「無理はしないでくださいよ。っても、それくらい部長も分かってると思いますけど」
「ありがとう。でも、まあ大丈夫だよ。幸運にも僕の周りはいい人ばかりでね、気を遣ってくれる人が、沢山いるんだ」
「写真部の時は、二人だけでしたもんね。それに比べたら、周りに沢山いるのは楽しいんじゃないですか」
「そうだね……。でもね、僕はあの写真部が大好きだったよ。君と二人で過ごせたあの写真部が楽しかった。いい青春時代だったよ」
「……それは、よかったです。僕も楽しかったですよ。部長みたいな有名人と一緒に部活をできたのは、一生忘れません」
「有名人なんかじゃ、ないんだけどなぁ」
 どこか微妙そうに言う部長は、やっぱり相変わらずの部長だと、思った。前よりも名前をあちこちで聞くようになった今も、僕より一つだけ年上の女の子なのだ。
「ところでさ、乃木崎くんは、まだ待ってるのかい?」
 部長の問いは言葉が足りていなかったけれど、聞かずとも何を言いたいのかは分かっている。
「約束、しましたからね。きっと、帰ってきますよ」
「……怒らないで、聞いてほしいんだけれど。僕はあれが夢だったんじゃないかって、時々思うんだ。君と違って最後のお別れをしてないからね。だけど、あれは本当だったんだよね」
「本当ですよ。あれが夢じゃなかったことは、僕が知ってます」
「そっか。そうだよね」
 気が付けば駅前の交差点まで来ていた。横断歩道を渡れば、もう駅に着く。部長が乗る新幹線の出発時刻にはまだ充分の余裕があった。
「それじゃあ、乃木崎くん。僕はここまででいいよ」
「ホームまで送りますよ?」
「いいよ。もうすぐそこじゃないか。一人でも大丈夫さ」
 言いながら、部長はトンと跳ねるように横断歩道を渡っていってしまう。向こう側の歩道に着いたところで、置いてけぼりにした僕を笑って振り返る。
「じゃあね、乃木崎くん。また会う時までに、もっと上手く写真が撮れるように、なってるんだよ!」
「言われなくても、頑張りますよ。部長も、お元気で」
「言われなくても、元気でやるよ! じゃあ、ね!」
 大きく手を振って、部長はそのまま、今度は振り返ることなく駅の方へと消えていった。
 あとに残された僕は、一人、交差点の隅に立ち尽くす。向かいの信号が赤に変わったのを見て、一つ息をつく。
 まだまだ肌寒い空気に身を震わせ、僕は踵を返した。
作品名:*レイニードロップ* 作家名:古寺 真