小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
阿佐まゆこ
阿佐まゆこ
novelistID. 46453
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

人生の、夏

INDEX|1ページ/4ページ|

次のページ
 

1

 じめじめとした、梅雨の夜だった。マイケル・ジャクソンの命日が近かったから、ラジオをつけるとよく彼の歌が流れていた。当時私は、テレビを持っていなかった。あの頃私は音大生だった。だから、とは断言できないけれど、耳を鍛えることに執心していた。耳慣れない曲が予期せぬ頃合いで流れるラジオが好きだった。
「ねえきっと、この瞬間を懐かしく思う日が絶対に来るよね。」
今思えば少し恥ずかしいような言葉を、あの時私は言った。そして思った。私はこの瞬間を忘れることはないだろうと。だからあれから数十年経った今でも覚えている。その、恥ずかしい言葉ごと記憶してしまっている。あの頃私は、世界の主人公だった。私は誰よりも美しい、誰からも愛される女の子だと信じていたのだ。

 あの夜私は、江古田の居酒屋で、恋人と並んでカウンターに座っていた。この瞬間、などと言っておきながら、特に何か特別なことがあったわけでもない。強いて言うならば、隣に彼が居るということが私にとっては最高に特別だという、そういう瞬間だったのだと思う。大学二年の夏であった。彼は、その数ヶ月前までは私の友人の恋人であった。私は彼を、彼女から奪ったばかりであった。それまでにも数人の男と付き合うことはあったが、人の恋人を奪う事は初めてであった。それは私にとって、今まで経験したことのない心地よさを感じさせる出来事であった。友人だった女は、間もなく学校に来なくなった。
 その夜私は、恋人と並んで酒場のカウンターに座っていた。平日の夜でちらほらとまばらに客はあったが、私は時折店内を見回しては、自分が一番若く美しいことを確認した。それは実に良い気分であった。同じ日の朝、私は、例の友人だった女に再会していた。学生課で鉢合わせたのだ。私を見た瞬間の彼女の顔は二つの意味で忘れられない。一つは当時の私にとって。彼女の動揺ぶりは滑稽であり、私の優越感をこれ以上ないほどに満たしてくれた。そしてもう一つは現在の私にとって。あの時既に彼女の中に燻っていたであろう私への憎悪を思うと、恐ろしくて仕方がない。彼女はあの時既に、私への復讐を企て始めていたのかもしれないと今なら思う。

 私は若い頃、嫌な女であった。努力せずとも、何もかもを手に入れることが出来た。何故かというと、それは私が美しかったからだ。小学生くらいまでは、特に目立つことのない痩せっぽちの少女であった。それが中学に入ると様子は変わった。男子の同級生の、上級生の、私を見る目が違っていた。それは女として見られ始めたということ。それとほぼ同時に、女子からの目も変わった。なんだかこう、一歩引いている、という感じ。実際、その頃から私の美貌は際立っていたのだと思う。当時、同じ年頃の女の子はどこかごろごろとして、当然ながら色気などなく、泥の付いた芋のようであった。しかし泥の付いた芋でも当然恋はするわけで、思いを寄せる男という男が皆私を見ているとなれば、それは私に対して複雑な思いを抱かざるを得なかっただろう。しかし私は中学生の頃、同じ学校の生徒には一切興味を持たなかった。というよりは、私は恋愛に興味がなかった。しかし、どうやら人よりも美しいらしい容姿を利用することには興味を持ち始めていた。

 すべて失った今になって思う。あの頃、普通に恋愛に興味を持つような少女であればよかったのだと。そうであればおそらく若くして結婚し、今頃子育てをほぼ終えている。もうそんな年齢なのだ。しかし私はそういう風には生きられなかった。
 
 私が初めて付き合った男は、通っていた中学の近くにあった高校の生徒であった。彼は、日頃私に言い寄ってくる子どもたちよりも大人に見え、背が高く、綺麗な顔をしていた。そしてアルバイトをしており、お金を持っていた。お金。彼は私のために、アルバイト代のほとんどを使った。最初は私も遠慮していた。親以外の人にお金を出してもらうということに気が引けていたのだ。しかし、そのうちお金を出してもらうことに慣れた。彼は時々、「今日は親がいない」といって私を家に連れていった。服を脱がされ、身体中を舐めまわされることはどちらかといえば不愉快であった。しかしいつしかこれが日々与えられるお金の対価なのだと思うようになった。正直に言えば、彼のことは好きではなかった。ただ少し見栄えがよくて、お金をくれたというだけ。そして彼も、私のことを好きではなかった。言うなればお人形代わりであった。そのうち彼は受験生になり、アルバイトをやめた。そして私は彼と別れた。当時私は中学二年生であった。
 
作品名:人生の、夏 作家名:阿佐まゆこ