スペースデブリ撲滅キャンペーンの悲劇
スペースデブリ撲滅キャンペーンの悲劇
天川さく
5
その依頼が舞い込んだとき。
誰が通りかかればあの惨事は免れたであろうか。
おれはどうすればよかったのだろう。
月面本社の管理営業部でモジャモジャ頭の営業部員は力なく机に手をついた。
「結果オーライじゃん。これでしばらく営業回りをしなくていいし」
「よくないです。現場の声を聞かないと見積もりが取れません」
「責任を取らせて『小癪』に調査させているから大丈夫」
「あのせいで舞い込む大量依頼の出張費は?」
「責任を取らせて『コイン』に捻出させているから大丈夫」
「『ホタル』さんが作った花火は?」
「すでに量産係へ権限移行済み。もちろんホタルに『効力期間を数日に短縮』改良させた上でね」
「おれがほかの社員から罵られた心の傷は?」
「ワタシがさらにいたぶって癒してやろう」
完璧だ。さすがは適材適所の鬼女だった。がっくりとモジャモジャ頭の営業部員は膝を折る。
「うなだれていないでさっさと働け。じゃんじゃん働け。ウチは」
「『万年人材不足』、です」
1
カタカタと音を鳴らして古風にファックスで送られて来たのは、世界政府からの依頼書だった。
「崩壊した国家の軍事衛星を何とかしろ、とな」
「それはずいぶんと面白そうなお仕事ですね」
情報調査部員の小癪が紙を覗きこんでいた。
「うわ。小癪ちゃん。いつの間に。というか、勝手に人のものを見るだなんて趣味が悪いよ?」
「何をおっしゃられるのやら。わたしとモジャ毛さんの仲じゃないですか」
うっふっふと八歳児の容姿の小癪は笑う。容姿にふさわしく髪を高い位置のツインテールに結って、ブラウスにスカート姿だった。
「似合うでしょう? さきほどカフェでお会いしたホタルさんにカスタマイズしていただいたんです」
「ホタルさんがカフェにいた? 技術開発部員なのになんで、どうして?」
「ずばりモジャ毛さんのセキュリティが甘いからでしょう。マンネリの内容更新ではわたしだって破れるってもんです」
「仕事の合間を縫って必死に数時間置きに更新しているんだけどっ」
「花火大会にしたら面白そうですよね」
「何が」
「それです」小癪はモジャモジャ頭の営業部員のファックス用紙を指さす。
「いわばスペースデブリ、宇宙のゴミですよね。でしたら一発ハデに世界一斉に花火にして散らすのはどうですか? 我が社の宣伝にもなりますよ?」
「いくらかかると思ってんのっ」
「我が社の宣伝になればいいんですね」
と声を上げたのは書類の山の奥で小銭を数えていた税理係のコインだった。まぶしいばかりに目を輝かせている。
もうこの段階で嫌な予感しかしない。
「あー、ねー。碓氷部長もいま席をはずしているし。これは後回し」
「にするわけにはいきませんね。何しろ世界政府ですよ? 一刻も早くやらないとクレーム来ますよ」
「軍事衛星を、大気汚染させずに、大気圏突入させ、すみやかに、燃焼、させれば、いい、んだな」
聞き覚えのない声がしてモジャモジャ頭の営業部員は振り返った。
管理営業部の入口に白衣姿の長身男が立っている。全身からほんのりと薄緑色の光を放っていた。ホタルだ。ココナッツシェイクをすすっている。
なるほど。ココナッツシェイクを飲むために技術開発部を抜け出して来たと。
じゃなくて、えええ、ホタルさんが喋った?
モジャモジャ頭の営業部員は大きく口を開けて入口に見入った。ホタルが喋るなどと何年ぶりだろうか。
「ホタルさんならスペースデブリを花火にできますよね。赤色や黄色や緑色のまん丸い花火。世界中で見られたら素敵だと思いませんか」
「キクサキ、ボタン、カタモノ、リング、ギンカムロ、ヤエシン、ヤシボシイリ」
なんの呪文だ。
「おや、モジャ毛さんともあろうお方がご存知ないとは。ホタルさんがおっしゃったのは花火の種類ですよ」
「やし星入りだなんて贅沢な。千輪で充分だ」
「これは我が社の宣伝になるんですよ、コインさん。ここでケチってどうするんです?」
「型物でロゴの『RWM』を作るならまだしも」
「できる」ホタルがつぶやいた。
「え、え。それもローコストで、ですよ?」
「できる」
小癪とコインは「きゃっほー」と両手を叩き合った。
「ちょっと待って」モジャモジャ頭の営業部員は涙目になった。
2
ちょっと待ってはくれなかった。
「できた」
ものの五分でホタルは準備万端だと告げた。天才と謳われるだけのことはある。
いやいや、天才にもほどがある。
「おれ、まだ、世界政府に返信もしていないんだよ?」
「それなら先ほどわたしがやっておきました」
「油断も隙も無いっ」
「では、ご依頼のあった軍事衛星をすべてセットして、いざカウントダウン」
小癪とコインが楽しげに数え始める。三、二、一。
「ぽち」ホタルが起動装置ボタンを押した。
その瞬間だ。
制御モニターからも部内モニターからも地球をぐるりと取り巻くように花火が弾けるのが見えた。まん丸く開いた何重もの花火もある。芯からヤシの葉のように伸びていく花火もあった。
「おおお」
小癪とコインが頬を染めてモニターに見入る。無数のフラッシュのように銀色の千輪花火が小さく花開いている。不覚にもモジャモジャ頭の営業部員も見入ったほどだ。
「ん」
モジャモジャ頭の営業部員はホタルに顔を向ける。
ホタルは無表情で白衣のポケットに両手を入れていた。
なんだ? 意味深な。
そう訝しんだのが遅かった。自分を罵りたくなる。ホタルは技術開発部の中でも新作アイテム製造係の係長ではないか。
何もしないわけがない。
「おおお?」
小癪とコインが怪しげな声を出し始めた。
「おおお……」
小癪とコインは声を鎮めてホタルを見た。モジャモジャ頭の営業部員はすでに頭を抱えていた。
青かった地球はどういうわけか橙色になっていた。
あたかも火星のごとく。
3
「どうしてくれるんですかっ。地球の大気構造が変わっちゃったじゃないですか。冗談じゃないですよ」
「まあまあ落ち着いてくださいモジャ毛さん。大丈夫です。むしろ環境的には状況は好転しているくらいですよ?」
「どこがだ」
「わたしが察するところによると、あの橙色の成分は大気汚染の原因のノックスと結合して、えっと、大気がきれいになるんですよ」
「ノックスって窒素酸化物の? 本当ですか? ホタルさん」
「ああ」
それならいいかと思いかけて、モジャモジャ頭の営業部員は恐る恐る尋ねた。
「で。それって収まるのはいつですか」
「百年後」
「え」とモジャモジャ頭の営業部員と小癪とコインは揃ってホタルの顔を見た。ホタルは何が問題だという顔つきをしている。
そのときだ。
管理営業部の外から「モジャ毛ー」と碓氷部長の声がした。
「ヤバい」「ヤバいですね」「ホタルさん、早くなんとかしてください」
「どうしてもか」
「どうしてもですっ」三人は声を揃えた。
「あ、でもその前に」とコインがホタルに揉み手をする。
「営業を兼ねてお願いが。格安で」
天川さく
5
その依頼が舞い込んだとき。
誰が通りかかればあの惨事は免れたであろうか。
おれはどうすればよかったのだろう。
月面本社の管理営業部でモジャモジャ頭の営業部員は力なく机に手をついた。
「結果オーライじゃん。これでしばらく営業回りをしなくていいし」
「よくないです。現場の声を聞かないと見積もりが取れません」
「責任を取らせて『小癪』に調査させているから大丈夫」
「あのせいで舞い込む大量依頼の出張費は?」
「責任を取らせて『コイン』に捻出させているから大丈夫」
「『ホタル』さんが作った花火は?」
「すでに量産係へ権限移行済み。もちろんホタルに『効力期間を数日に短縮』改良させた上でね」
「おれがほかの社員から罵られた心の傷は?」
「ワタシがさらにいたぶって癒してやろう」
完璧だ。さすがは適材適所の鬼女だった。がっくりとモジャモジャ頭の営業部員は膝を折る。
「うなだれていないでさっさと働け。じゃんじゃん働け。ウチは」
「『万年人材不足』、です」
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カタカタと音を鳴らして古風にファックスで送られて来たのは、世界政府からの依頼書だった。
「崩壊した国家の軍事衛星を何とかしろ、とな」
「それはずいぶんと面白そうなお仕事ですね」
情報調査部員の小癪が紙を覗きこんでいた。
「うわ。小癪ちゃん。いつの間に。というか、勝手に人のものを見るだなんて趣味が悪いよ?」
「何をおっしゃられるのやら。わたしとモジャ毛さんの仲じゃないですか」
うっふっふと八歳児の容姿の小癪は笑う。容姿にふさわしく髪を高い位置のツインテールに結って、ブラウスにスカート姿だった。
「似合うでしょう? さきほどカフェでお会いしたホタルさんにカスタマイズしていただいたんです」
「ホタルさんがカフェにいた? 技術開発部員なのになんで、どうして?」
「ずばりモジャ毛さんのセキュリティが甘いからでしょう。マンネリの内容更新ではわたしだって破れるってもんです」
「仕事の合間を縫って必死に数時間置きに更新しているんだけどっ」
「花火大会にしたら面白そうですよね」
「何が」
「それです」小癪はモジャモジャ頭の営業部員のファックス用紙を指さす。
「いわばスペースデブリ、宇宙のゴミですよね。でしたら一発ハデに世界一斉に花火にして散らすのはどうですか? 我が社の宣伝にもなりますよ?」
「いくらかかると思ってんのっ」
「我が社の宣伝になればいいんですね」
と声を上げたのは書類の山の奥で小銭を数えていた税理係のコインだった。まぶしいばかりに目を輝かせている。
もうこの段階で嫌な予感しかしない。
「あー、ねー。碓氷部長もいま席をはずしているし。これは後回し」
「にするわけにはいきませんね。何しろ世界政府ですよ? 一刻も早くやらないとクレーム来ますよ」
「軍事衛星を、大気汚染させずに、大気圏突入させ、すみやかに、燃焼、させれば、いい、んだな」
聞き覚えのない声がしてモジャモジャ頭の営業部員は振り返った。
管理営業部の入口に白衣姿の長身男が立っている。全身からほんのりと薄緑色の光を放っていた。ホタルだ。ココナッツシェイクをすすっている。
なるほど。ココナッツシェイクを飲むために技術開発部を抜け出して来たと。
じゃなくて、えええ、ホタルさんが喋った?
モジャモジャ頭の営業部員は大きく口を開けて入口に見入った。ホタルが喋るなどと何年ぶりだろうか。
「ホタルさんならスペースデブリを花火にできますよね。赤色や黄色や緑色のまん丸い花火。世界中で見られたら素敵だと思いませんか」
「キクサキ、ボタン、カタモノ、リング、ギンカムロ、ヤエシン、ヤシボシイリ」
なんの呪文だ。
「おや、モジャ毛さんともあろうお方がご存知ないとは。ホタルさんがおっしゃったのは花火の種類ですよ」
「やし星入りだなんて贅沢な。千輪で充分だ」
「これは我が社の宣伝になるんですよ、コインさん。ここでケチってどうするんです?」
「型物でロゴの『RWM』を作るならまだしも」
「できる」ホタルがつぶやいた。
「え、え。それもローコストで、ですよ?」
「できる」
小癪とコインは「きゃっほー」と両手を叩き合った。
「ちょっと待って」モジャモジャ頭の営業部員は涙目になった。
2
ちょっと待ってはくれなかった。
「できた」
ものの五分でホタルは準備万端だと告げた。天才と謳われるだけのことはある。
いやいや、天才にもほどがある。
「おれ、まだ、世界政府に返信もしていないんだよ?」
「それなら先ほどわたしがやっておきました」
「油断も隙も無いっ」
「では、ご依頼のあった軍事衛星をすべてセットして、いざカウントダウン」
小癪とコインが楽しげに数え始める。三、二、一。
「ぽち」ホタルが起動装置ボタンを押した。
その瞬間だ。
制御モニターからも部内モニターからも地球をぐるりと取り巻くように花火が弾けるのが見えた。まん丸く開いた何重もの花火もある。芯からヤシの葉のように伸びていく花火もあった。
「おおお」
小癪とコインが頬を染めてモニターに見入る。無数のフラッシュのように銀色の千輪花火が小さく花開いている。不覚にもモジャモジャ頭の営業部員も見入ったほどだ。
「ん」
モジャモジャ頭の営業部員はホタルに顔を向ける。
ホタルは無表情で白衣のポケットに両手を入れていた。
なんだ? 意味深な。
そう訝しんだのが遅かった。自分を罵りたくなる。ホタルは技術開発部の中でも新作アイテム製造係の係長ではないか。
何もしないわけがない。
「おおお?」
小癪とコインが怪しげな声を出し始めた。
「おおお……」
小癪とコインは声を鎮めてホタルを見た。モジャモジャ頭の営業部員はすでに頭を抱えていた。
青かった地球はどういうわけか橙色になっていた。
あたかも火星のごとく。
3
「どうしてくれるんですかっ。地球の大気構造が変わっちゃったじゃないですか。冗談じゃないですよ」
「まあまあ落ち着いてくださいモジャ毛さん。大丈夫です。むしろ環境的には状況は好転しているくらいですよ?」
「どこがだ」
「わたしが察するところによると、あの橙色の成分は大気汚染の原因のノックスと結合して、えっと、大気がきれいになるんですよ」
「ノックスって窒素酸化物の? 本当ですか? ホタルさん」
「ああ」
それならいいかと思いかけて、モジャモジャ頭の営業部員は恐る恐る尋ねた。
「で。それって収まるのはいつですか」
「百年後」
「え」とモジャモジャ頭の営業部員と小癪とコインは揃ってホタルの顔を見た。ホタルは何が問題だという顔つきをしている。
そのときだ。
管理営業部の外から「モジャ毛ー」と碓氷部長の声がした。
「ヤバい」「ヤバいですね」「ホタルさん、早くなんとかしてください」
「どうしてもか」
「どうしてもですっ」三人は声を揃えた。
「あ、でもその前に」とコインがホタルに揉み手をする。
「営業を兼ねてお願いが。格安で」
作品名:スペースデブリ撲滅キャンペーンの悲劇 作家名:天川さく