主人公症候群~ヒロイックシンドローム~
エピローグ
「勝者、観型正義」
倒れた敗者を手ごたえもなく見下ろしていた。やはりここが自分の居場所ではないと錯覚してしまう時も少なくない。
正義は柔らかい畳に引かれた線まで下がると、対戦相手のいない空間に形式的な礼をしてその場を退いた。
全国空手大会を当然のように制し、群がるインタビュアーを片手で振り払いながら帰路につく正義を見てまさしく主人公のようだと思う人間も少なくない。それはつい先日の奇妙な体験で正義が感じたことだった。
ヒーローになりたい。そう思っていた自分にとってはそれが当然のことだと思っていたが、落ち着いて周りを見れば、自分とは違うものに憧れを抱くのはむしろ普通のことでその対象に自分も含まれるのだと知った。
人は皆、主人公という病に侵されている。物語のように艱難辛苦に苛まれ、時に裏切られ、時に助けられ、それでも必ず目的を達成する約束された勝利とその過程に酔いしれたくなる。成功者を賛美し、または蔑みたくなる。それは結局のところ誰しもが抱くことで、つまりは特別な存在である主人公とは真逆の考えなのかもしれない。
「それでも、なぁ」
金メッキのトロフィーを見つめてみたところで答えが返ってくるはずもない。あの世界で出会った英雄たちの声が聞こえるはずもない。
しかし、正義は昔より少しだけ妄想をやめて、現実で誰かの英雄になれそうな気がしていた。
作品名:主人公症候群~ヒロイックシンドローム~ 作家名:神坂 理樹人