主人公症候群~ヒロイックシンドローム~
どれほど時間が経っているのかは知らないが、今更焦るようなこともない。ただ心残りがないわけでもなかった。
「なぁ、お前。暇あるか?」
「それはどういう意味で?」
わかっているような顔でわざとらしく聞く。見た目も地位も自分とは真逆だと思っていたが、頭の出来はあまり変わらないようだ。
「お前、人が斬れないんだろ? ってことはこないだのも本気じゃなかったってことだ」
「騎士として私闘は禁じられているのですがね」
一応建前めいたことを言ってくる。その癖にやけにノリノリに見えるのはどうしてなのだろうか?
「別にお前が嫌なら、そこのおっさんでもいいぜ、強いんだろ?」
「俺か? 坊主、なかなかいい目をしてるな」
かかっ、と豪快に笑う。話してみてもよくわかる。親父と立ち会う時によく似た緊張感だ。正義にも勝てる筋は細いと感じられたが、英雄志望としては一度手を合わせてみたいところだ。
「だが、俺とやるなら俺の息子にくらいは勝ってもらいたいところだな」
「いいぜ、その自慢の息子と一戦やらせてくれ」
「はぁ、結局私がやることになるんですね」
リュスティックがさして残念でもないようにつぶやく。
「どういうことだよ?」
「別の世界から来たんじゃ知らねぇよな? 俺が救国の英雄、元王国近衛騎士団団長、そしてそこにいる馬鹿息子の父親、バタールだ」
かかっ、と小気味よく笑う姿は、すらりとした金髪の青年とはどこをどういじっても重なる様子がない。足りない頭で正義はどうにか結論を出す。
「リュスティック、お前母親似でよかったな」
リュスティックは引き攣った笑いで、その言葉に答えた。
「模擬戦ってことにしときゃ文句は言われんだろう。場所は俺が確保しておくから準備しとけよ」
そういってバタールは一人で先に行ってしまう。
「やっと本気が見れるのか、楽しみだな」
「まぁ、それは同じ気持ちかもしれませんね」
子供のように零れた笑いが二人の気持ちが同じだと証明していた。
「「ヒーローの条件は、決着をつけるべき相手がいることだ」」
二人の声が重なる。カンパーニュと同じように、彼らの物語のフィナーレも近づいていた。
「本当にいいのか? 武器なしなんて聞いたことがないぞ」
不安というよりも純粋な疑問とばかりにバタールは首をかしげた。無手の格闘術のないこの世界ではやはり正義の空手という技術は理解されないようだった。
砂地のシンプルなアリーナは本来剣舞や模擬試合の興業で使われるらしいが、今は観客などいるはずもなく、閑散として物寂しかった。
「真剣じゃないとはいえ、丸木に布を巻いただけだ。当たれば痛いじゃ済まないぞ」
バタールは参考にとばかりに正義に一本の模擬専用の木刀を渡す。正義がよく知るそれとは違い、角を落として布をぐるぐると巻いただけの簡素なものだ。
「まぁ、死にさえしなけりゃそこのメイドがどうにかしてくれるだろ」
正義は視線で、すっかり装飾されてしまったカンパーニュを差した。今までは簡素な田舎っぽいワンピースだったせいもあって、余計に華美に彩ったように見える。ムッとして何かを言っているようだったが、遠すぎて正義の耳までは届かない。
「それにな」
地面に木刀を立て、一度頷く。左足が地面を抉り、全身が一部の無駄もなく、右足に集まるような感覚が走る。風を切る音を連れて正義の蹴り一閃。乾いた音は当然木刀から上がった悲鳴だった。
「自分の息子の心配したほうがいいかもな」
折れて二つになった木刀をバタールに投げ返す。老兵はさして怒った様子もなく、むしろ楽しそうだ。
「かかっ、豪気豪気。この世界で騎士をやらせても面白そうだ」
折れた木刀の断面を見つめながら、にんまりと笑っているバタールは退役したのが嘘に感じるほど、闘気に満ち満ちている。
「心配無用ですよ、当たらなければいいわけですから」
木刀をしっかりと握って、リュスティックは構えをとった。それに呼応するように正義も両の掌を相手に向ける。
「それじゃ、模擬試合、開始じゃ」
正義は強く大地を蹴り、リュスティックの懐へと飛び込んだ。
作品名:主人公症候群~ヒロイックシンドローム~ 作家名:神坂 理樹人