(続)湯西川にて 31~35
女将が小さな手を引き、俊彦の横をすりぬけます。
女の子がかすかに緊張をしたままの横顔を見せて、俊彦の前を
通過をした瞬間、渓流の風に乗って、かすかにながら、
石鹸の香りが漂ってきました。
子供の頃によく嗅いだ、石鹸を使ったシャボン玉のあの懐かしい香りです。
女の子の小さな体から立ち上った香りは、やがて、
俊彦のもとへも流れ着きます。
シャボン玉の小さな器を握りしめた女の子の可愛い足が、
ふと立ち止まります。
上目使いの目がもう一度だけ、チラリと俊彦のほうを振り返ります。
が、それもつかのまで、大人の運ぶ足に遅れてしまった少女は
あわてて駆け出し、女将の腰の向こうへ側へ、三度目の姿を
隠してしまいます。
日傘を傾けた女将が、困ったような顔して俊彦と女の子の顔を、
交互に見つめています・・・・
俊彦へもう一度笑顔を見せた女将が、何事もなかったかのように、
女の子の顔を覗きこみながらアーチの橋を、ことさらゆっくりと
歩み始めます。
見送っている俊彦の目線を感じながらも、女の子もそれっきり、
もう二度と、決して振り返りません。
(36)へ、つづく
作品名:(続)湯西川にて 31~35 作家名:落合順平