グランボルカ戦記 5 砂漠と草原の王
「ああ、あれ。あれは別に妹なんかじゃないわよ。あれは孤児院で拾った他人よ。生き別れの妹とやっと会えた。なんて言ってね。ああ、ついでに言うとね、さっきそっちの女が殺して回った母体もね、孤児院とか身寄りのない女を掻っ攫ってきて繁殖につかったの。もちろん最初から繁殖に回したわけじゃないのよ。わたしはそんなもったいないことはしないわ。たっぷり人間の客を取らせて、使い物にならなくなったからオークの母体になってもらったの。お陰で資金もたっぷり稼げたし、手勢も増えた。・・・まあ、オークはほとんどあんたたちに殺されちゃったけど。あんなものはまた増やせばいいだけだしね。ああそうだ。そっちの女には次の母体になってもらおうかしら。オークの強さは母体の強さが反映されるからきっと強いオークができるわね。ミセリアも数合わせくらいは産んでくれるだろうから、繁殖にまわそうかしら。」
そう言って耳障りな声を上げてセシリアが嗤う。
「それより、何であんたは私がセシリアだってわかったのよ。」
ひとしきり笑った後で、セシリアがアムルに尋ねた。
「ミセリアがな。道中でお主の事を話しておったのだよ。素敵な姉だと言っておった。それまで自分が望んでも手に入らなかったものを、姉が与えてくれたと感謝をしておった。」
「はあぁ?手に入らなかったものぉ?たかだか、狭い家と毎日のパンでしょう。そんなもの孤児院でだって手に入ったでしょうに。あれは本当に頭が悪い子だったから、そんなこともわからなかったのかしら。」
「家やパンではない。家族だ。ミセリアは、家族ができたことが何より嬉しかったと言っておった。・・・のうセシリア。お主はどうだ。少しも、ほんの少しも心は動かなかったか?ミセリアに対して僅かな情もわかなかったのか?」
「ミセリアに対する情?そんなものが何の役に立つって言うのよ。私はねえ、この国の支配者になるの。あんたを殺せば、とある貴族が私を妻に娶ると言ってくれているのよ。そして私は彼を王にする。そのためだったらなんだってしてやるわ。」
「・・・ふむ。そうか。哀れな女よな。」
「哀れ・・・ですって?」
アムルの言葉を聞いたセシリアの口元がヒクヒクと引きつった。
「ああ、哀れだ。例え我を殺したとして、野心のある男が本気でお前を娶るつもりがあるとでも思っているのか?散々利用されて殺されるのがオチだ。」
「うるさい!私は、私は支配者になるんだ。」
「なれぬ!・・・いいか、このままではお主は死ぬことになる。だがな、今ここで心を入れ替えミセリアと共に静かに暮らすというのならば我は全力でそれを助けよう。その貴族とやらも我が始末する。どうだ?」
真剣な表情で問いかけるアムルを見てセリシアが吹き出した。
「あはっ・・・あははは、なんて下手な命乞いなのかしら。・・・お断りよ。例えあの人が裏切ったとしたって、私にはこの魔法がある。一国の王すら屈服させるこの魔法がね。死ぬのは私以外の誰かよ。いままでだってそうだったし、これからもそれは変わらないの。さあ、あんたたち、アムルの首を取りなさい。女のほうは手足の腱を切るだけでいいわ。」
セシリアはそう命令を下すが、男たちは一向にアムルを殺すような動きを見せない。
「なにしてんの、早くしな・・・さ・・い。」
セシリアが右の男を見ると、その男の首は彼女の目の前でズルリと滑り落ち、鈍い音を立てて床に転がった。
「一体何・・・」
セシリアが左の男のほうを見ると左の男は、宙に浮いたアムルのガントレットに首をしめられていた。そしてまもなく男の首は粉砕され、やはり鈍い音を立てて頭が床に転がる。
「な・・・何よこれ。何でガントレットが勝手に動いてるのよ。お、おかしいじゃない。」
「我の魔法はな、セシリア。大地を意のままに操ることができるというものだ。それにはもちろん鉱山からとれた鉱石も、鉱石から加工されたものも含む。」
「い、いや。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい・・・。」
ゆっくりとアムルのガントレットがセシリアの首に手をかける。
「ゆ、許してください。ごめんなさい。私が悪かったです。な、なんでもしますから、許してください、ごめ・・・。」
ゴキ。
セシリアが人生の最後に聞いた音は、自分の身体の中から聞こえたそんな鈍い音だった。
結局、事件の真相は伏せられ、セシリアの事はアムルとヴォーチェしか知らない。
ミセリアには、アムル達が黒幕と対峙した時には、セシリアは既に殺されていたと、それだけが伝えられた。
作品名:グランボルカ戦記 5 砂漠と草原の王 作家名:七ケ島 鏡一