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七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
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グランボルカ戦記 5 砂漠と草原の王

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 鎖で繋がれた女性たちは、部屋に入ってきたエド達を見ようともせずに、それぞれ、焦点の合っていない目で虚空を見つめ、「あーあー」と声とも言えないような声を漏らしていた。
「何・・・これ。」
「オークのにかぎらず、魔物の仔を宿した人間の女は、胎盤から逆流してくる魔物の血で、廃人になる。ここにおるのは先程我々が倒したオーク達の母親であろう。」
「うぅ・・おぇぇっ」
 部屋の中の匂いを嗅ぎ、女達の姿を見たエドはその場で嘔吐した。
「エドよ。これが現実だ。世界はおとぎ話のように万人に幸せを与えてはくれぬ。争いが起これば、誰かが誰かを利用しようとする。この部屋の光景も残酷な世界のほんの一部にすぎん。」
 憐れみのこもった表情で、エドの背中をさすりながらアムルが続ける。
「我々王族は、国民たちよりもこういった現実をしっかりとみつめ、悲劇が二度と起こらぬように国を導かなければならぬ。我がお主に扉を開けるよう進めたのはこれが目的だ。」
「・・・助けなきゃ。」
 胃の中の物を吐き切ったエドがよろよろと立ち上がり、女達の方へと向かって歩き出す。
「っ・・・このっ!切れろ・・・切れろよっ!」
 エドは自分のショートソードを抜き放つと鎖をガンガンと叩いて断ち切ろうとするが、元々力の強くないエドと重さのないショートソードではうまく断ち切ることができない。
「ねえ、手伝ってよ。アムルやアレクなら、こんな鎖断ち切るの簡単でしょ。・・・ボーっとつったってないで、手伝ってよ!」
 半ば怒鳴りつけるような声でヒステリックに叫ぶエドに、アムルが冷静な視線と声を向ける。
「エド、その女たちを助けることはまかりならん。」
「なんでだよ!この人達はまだ生きてるじゃない!お腹の中に魔物の仔がいるなら、その魔物の仔だけ殺せばいいんだろ!この人達にだって家族や友人がいるんだ。だったらせめてその人達のところへ帰してあげようよ!」
「その女達は二度と元には戻らぬ。ましてや、家族の元へなど絶対に帰すわけには行かぬのだ。家族は受け入れるかもしれぬ。だが人の口には戸は立てられぬ。その女達が家へもどれば、口さがない周りの人間は魔物の親だと言ってその女達やその家族を迫害するだろう。」
「・・・。」
「それもまた人なのだ。オークの繁殖に人間の女が使えるということを探りだしたのも人。いまこうしてこの女達を使って繁殖をしていたのも人。そして、例え女達を村に帰した所で、女達を殺すのもまた人だ。」
「でも、私は・・・。」
「どうやら我はお主を買いかぶっておったようじゃな。お主は王の器ではないようだ。・・・ヴォーチェ。始末は任せる。」
 そう言ってアムルがマントを翻して出て行くと、ヴォーチェは微塵の躊躇も見せずに次々と女達の首を撥ね、最後にエドの所にやってくる。
『そこをどけ』
 ヴォーチェの視線は実に雄弁に、エドに向かって語りかける。
「嫌だ。」
 エドは、首を切らせまいと、女性の頭を抱きかかえるようにしてヴォーチェを睨んだ。
「・・・。」
「絶対に嫌だ。私は、アムルの言うとおり王の器じゃないかもしれない。でも、私の手の届く所にいる人だけは、誰であろうと絶対に殺させない。」
 しばらくエドとにらみ合いを続けた後、ヴォーチェは手に持っていたカタールを振り上げる。
「・・っ!」
 エドが目を閉じ、女性の頭を一層強く抱く。
 ヒュンという刃の音の後、ガキッと鈍い音がした。
 しばらくしてエドが恐る恐る目を開けると、カタールを鞘にしまったヴォーチェが部屋を後にするところだった。
 女性はエドの腕のなかでうわ言のように「あー、あー」と言い続けている。
 もしやと思い、鎖の方へ視線を移すと、先ほどエドがいくら頑張っても断ち切ることのできなかった鎖が、ちょうど真ん中位の所で切断されていた。
「ヴォーチェさん!」
 エドの声に、ヴォーチェが立ち止まって振り返る。
「ありがとう。」
 エドの言葉に、一瞬だけ驚いたような顔をした後、ヴォーチェは少し申し訳なさそうな笑顔で微笑んで頷いた。