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七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
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グランボルカ戦記 5 砂漠と草原の王

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「・・・。」
 自分たちの担当の小屋に向かう途中で急に立ち止まったミセリアに気づいてアムルが振り返る。
「どうしたミセリア。」
「王様は何故私を処罰・・・いえ、処刑なさらないのですか?」
「理由がないからな。城でも言っただろう、我は腹を下しただけだ。」
「ですが、私が王様の命を狙ったことは事実です!」
「・・・ふむ。まあ、事情があったのだから仕方あるまい。」
「仕方ないなんて事ないです!私は貴方の命を狙った。そんなことをした私が言うのはおかしいかもしれませんが、貴方はこの国に必要な方です。ですから、二度とこんなバカな事をする人間がでないように、私を処刑するべきです。」
「はっはっは、言うのう。・・・のう、ミセリアよ。アレクシスをどう見る?奴はこの世界に必要な人間だと思うか?」
「話を変えないで下さい、私は今、私の事を・・・」
「答えよ。」
 アムルの語気に押されてミセリアが少し考えた後で口を開いた。
「・・・・・・必要な方だと思います。あの方でなければ、グランボルカは治まらないのではないでしょうか。」
 ミセリアは、ここへくる道中で、アレクシスやグランボルカ。エドやリシエールの話を聞いて、そのあたりの将官よりも彼らや世界の事情に詳しくなっていた。
「はっはっは、そうじゃろう。・・・だかな、我はアレクシスは不適格だと判断した。」
「え?」
「まあ、過去の話だがな。近隣諸国の中でハナタレアレクとあだ名されていた奴では到底グランボルカを治めることはできないだろうと、アレクシスに反旗を翻したグランボルカの貴族に加勢してアレクシスの元へと暗殺者を送ったこともある。」
 アムルの言葉に、ミセリアは驚きの表情を浮かべた。
「もちろん今となっては昔の事だ。その暗殺者すら味方に引きずり込んでしまう奴の器や胆力を見せつけられてしまったからな。」
「そのことをアレクシス様は?」
「もちろん知っている。その上での今の関係だ。」
「・・・。」
「我も間違うことはある。しかしその間違ったことを責めてばかりでは何も進まん。それを我はアレクシスに教えられた。もちろん進んで罪を犯すような馬鹿ものは別だが、ミセリアは違うだろう?」
「・・・・・・。」
 自分はそんな馬鹿とは違う。ミセリアはアムルの言葉にうなずきたかったが、それでも姉のためにと自ら望んだ罪の結果なのだ、なのにここでアムルの言葉に頷いてしまうのは違うとミセリアは思った。
「はっはっは、その沈黙、肯定と受け取るぞ。」
「罪は・・・罪です。」
「ふむ。ならばミセリア、お主に罰を与える。お主の罰は我の下で働くことだ。それで全て許す。」
「そんなの今までと何も・・・」
「我の城ではない、我の下だ。姿を消せるお主の魔法を生かし、ヴォーチェと共に、我の剣、我の鎧となれ。」
 アムルの言う罰は一介のメイドでしかなかったミセリアにとっては、命の危険は伴うものの、それでもそのリスクを補って我りある出世話だった。
「ですから、そんなのおかしいです!私は・・・!」
「おかしくはない。我はな、5年前に妹の命を切り捨てた。国のためだなんだと言ってみたところでそれは変えようのない事実だ。そんな我にとって、姉の為に我を殺そうとしたお主や、妹を守り、エーデルガルドを守り、世界を守ろうとしているアレクシスは尊敬に値する人間なのだ。そんな尊敬する人間を処罰することなどできるか?」
 その話はミセリアも知っていた。誘拐したアムルの妹と引き換えに王位を譲るように求めてきた革新派に、アムルは断固として対抗した。その結果、アムルの妹は見るも無残な姿で、まるでボロ布のようにされて街道沿いの畑に打ち捨てられていたらしい。だが、それは卑劣な手段を取る革新派に国を好きにさせないための、アムルにとっては断腸の思いでした決断のはずだ。それをアムルは切り捨てたなどと自分を攻めるような言い方をした。ミセリアはそれが悲しかった。
「そんな言い方しないでください!アムル様と、妹様のおかげで私達国民は卑劣な革新派に支配されずに済んだんです・・・。アムル様のケースと、私のケースでは意味合いも重みも全然違います。私のはただの一個人のわがままです。アムル様に尊敬されるような話では全然ないんです。」
「・・・そうだな。お前は尊敬されるような人間ではないな。」
 突然アムルの声色が一変し、彼の逞しい二本の腕がミセリアの首を締めてそのまま上へと持ち上げた。
 周りの景色も一変し、今までいた森の中ではなく枯れ果てた荒野のような景色になっていた。
「ぐ・・・アム・・・ル・・・様?」
「はっはっは、何を驚いた顔をしている?罰して欲しかったのだろう?許されたくなかったのだろう?だったら我が罰してやろう。このままお前を絞め殺してやるから、せいぜい良い声で哭け。我を楽しませろ。」
 そう言って笑いながら力を込めようとしたアムルの頭を、頭上から突然現れた女性の蹴りが襲った。
 女性の蹴りに怯んだアムルはミセリアの首から手を離し、蹴られた頭部を抑える。
 意識が朦朧としていたミセリアは糸の切れた操り人形のように地面へと落下しかけたが、助けに入った女性が、ミセリアが地面に落ちる前に抱きとめた。
 銀細工のような髪を後ろで一つにまとめ、黒装束を纏い赤いスカーフで口元と首をおおった彼女は、髪同様、銀細工のような綺麗で優しい目でミセリアを見る。
 彼女は声にこそ出さなかったが、その瞳はミセリアに『大丈夫か?』と語りかけていた。
「貴様、何者だ!」
 彼女は答えずにミセリアを地面に下ろすと自らが前に出てミセリアをかばうようにしてアムルと対峙した。
 そして挑発するように指を動かして、『かかってこい』というジェスチャーをしてみせる。
「舐めるなよ女!何者だか知らぬが、我がアストゥラビ国王、アムルと知ってのことだろうな!」
 アムルの言葉を聞いて、ミセリアは確信する。
「・・・貴方こそ何者なんですか。王様が・・・アムル様があんなに顔を見たがっていたヴォーチェさんの事を忘れるわけがないじゃないですか!」
 ヴォーチェが、驚いたような表情で振り返りミセリアを見る。
「わかりますよ。だってヴォーチェさん、アムル様が言った通りの人なんですもん。ヴォーチェさんの言いたいことは全部目から伝わって来ました。その人、アムル様じゃないんですよね。だったら私も手加減なんかしませんから。」
 ミセリアはそう言ってヴォーチェに笑いかけた後で、スカートをたくし上げると、足に括りつけてあった二本のナイフを抜いてヴォーチェの横で構えを取った。
 二人が自分と戦うつもりであることを見て取った偽アムルは忌々しそうに舌打ちをすると、口を開いた。
「それがわかった所でなんだっていうんだ。お前らがここにいて、俺たちが本物のアムルを放っておくとでも思っているのか?だとしたら、とんだ甘ちゃんだな。今頃アムルは・・・」
 偽アムルが言い終わらないうちにヴォーチェが飛び上がり偽アムルの頭上に踵を振り下ろす。
 その踵を転がりながら間一髪でかわすと、偽アムルは少し距離を取って抗議の声を上げる。
「人の話は最後まで聞けってんだよ、アムルは人質に取った。お前らが抵抗するのなら・・・」