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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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ある囲いのなかの記憶

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その場所はとても近くに感じられながら、とても気の遠くなるような距離であると感じられた。チカヅイテ見ると、そこには白い柵があった。そして赤い文字で立ち入り禁止と書かれていた。ぼくはとても遠くからそこを眺めた。二階建ての新しい家が建っていて、多分人が住んでいる事は解ったけれど、どこにその人がいるのかは解らなかった。その家を眺めているのはぼくだけではなかったように思うけれど、ぼくは毎日その人を見たくてその場所に行った。けれどもその人をはっきりと見る事は出来なかった。見ようとすればその機会は有った。
 ドアが開いてその人が庭に出る所であった。僕は逃げるようにそこから離れた。その時誰か解らないが、多分立ち入り禁止の文字の理解出来ないものかと思うが、その人の庭に入り込んだのだ。予期しない事が起きた。ぼくが翌日そこに行ってみると、その人は、柵を乗り越えたものと一緒にいた。
 ときどき現像液から浮かび上がる画像の様に、その場面が見えてくることがある。何度も何度も見ると、その場所が恋しくなることがある。小さなコブシの木が大きく育っていて、白い花が咲いていて、立ち入り禁止の文字も無くなっていて、芝生の庭には、白いアルミのイスとテーブルが置かれていて、青い空から聴こえてくるような音楽が聞こえた。多分小さな子供がいるのだろうと思う。黄色い三輪車が庭の隅に置かれていたから、ぼくにも想像できた。
 不思議なことに初恋と問われると、ぼくはその記憶が蘇る。顔さえも良く知らないけれど、はっきりと人を好きと呼べる最初の人だったと思うからなのかもしれない。
 妻がいて子もいて、結構な年齢になっているのに、多分その人に誘われたら、その人の所に躊躇なく行ってしまうかもしれないと分別のない自分がいるような気がするけれど、立ち入り禁止の赤い文字はぼくから離れないような気もしている。
 ぼくの家の庭にはコブシの木もあるし、アルミの白いイスやテーブルもある。そのイスに座ってくれるのは妻であるしぼくである。少しだけぼくの心の端っこは、その人が占領している。