机ノ上ノ空ノ日記 1
201401051157
年始休み最終日だ。あしたからまた無機質な生活が始まる。
せいぜい今日を楽しもうと私は考えた。
40回目の年始。いまだその自覚がないまま、湯を張るために蛇口をひねる。
朝風呂に浸かりながらドッペル氏と無言の会話をする。
「言葉が無かった時代にも、感情はあった。ではどのように感情を伝えていたのか」
『音…例えば囀り、咆哮、唸り、遠吠え…そのようなデバイスで伝えていたんだろう。去年教えてくれたよね。』
「その通り。ゆえに言葉がなくとも感情を伝える術はある」
『音楽が理屈抜きに心を揺さぶるのも…』
「そう。その頃の名残だ。抵抗など出来ない。それは原初の言葉以前の言葉なのだから」
『音楽の力はすごいな。』
「否定しないが、音楽だけではない。目で捉えられる景色にも言葉がある」
『?』
「表情や仕草…それだけではない。川面はその川底の形を顕わす。毒々しい色には毒がある。獰猛な性質の生き物には、そのような毛皮が与えられる」
『つまり目の前の景色にも言葉…いや感情がある…と?』
「然り。つまり絵画や写真についても、幾何学的な文様においても、そこには感情があり、故に言葉も存在しうる」
『でも、つまらない景色とか無感動なものも多いけど?』
「それは音楽ほどには主体が存在しかねるからだ。無作為なものに感情はない。しかし、それゆえ主体が介された景色を解することができれば音楽にも匹敵しえる感動も与えられよう」
『…そんなものかね。』
「言葉を持っているのは人間だけだと思っているだろう」
『今の話を聞いていたらそんな風には思わなくなったけど…。』
「言葉などなくとも、他の生き物は感情を伝えられるのだ。言葉などいらないのだよ。言葉があるから、人間は他の生き物の感情が分からなくなった。景色の発する感情や風情に鈍くなった」
『…参考にさせていただくよ』
「…」
湯から上がり、髪を乾いたタオルで拭きながらテレビをつける。無論見るためではない。孤独を和らげるためのBGMだ。
この年始、私は自分のルーツを教わった。
父はアイズという場所で生まれたが、私の父のルーツはエチゴという場所だったということ。
私の先祖には白い虎を旗印にした侍がいたかもしれない事。そしてその人はイブカという姓であったこと。
そしてイブカという人とSONYとのつながり。
口伝で父は伝えられたようだが、確証のある話ではないらしい。
でも、SONYのくだりで何かしらアンテナが反応する感があった。
ただ、ご先祖について私はそれほど関心がある訳ではない。戸籍上私の家系は歴とした平民だ。
これは口伝ではない。
平民でも士族でも華族でも、人である事に変わりない。
それよりも、もっと切実に考えるべき事柄がある。
『私は、どのようにこれからを生きて行くのか。』
久しぶりのまとまった休みで、いろいろと経験したことがあった。
しかし、その度に先の問いが頭をもたげて来た。
そのことは、また次の機会に。
私は端末を畳んで、身支度を整えた。これからガーデンプレイスに行くのだ。
作品名:机ノ上ノ空ノ日記 1 作家名:机零四