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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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「こいつらは何なんだってことだ。町の人間じゃないだろう。神域によそ者を入れるなんて何を考えてるんだ!」
「それはですね・・・」
「それにさっきの水柱は何なんだ? こいつらがやったのか? 湖に何かあったのか?」
「だから・・・」
「祭司長はこのことを――」
「だから聞いてくださいってば!! 大体、立ち入り禁止になってるのに何でここにいるんですか!!」
 矢継ぎ早に質問を浴びせるレックスをトニーが大声で制止した。虚を突かれたのかレックスが黙りこんだところに、トニーが続けて発言する。
「とにかく、僕の説明じゃ納得しないと思うので祭司長様の所に行きましょう。お二人もとりあえず来てください」



 結局、魔物退治に向かってまだ数刻もしないうちに、リゼ達はフィリスの屋敷へ戻ることになった。今度はこちらを不信の目で見てくるレックスも一緒にである。トニーの案内で屋敷最奥の部屋に入ると、薄布の向こうでフィリスが驚いたように言った。
「何事です? 何か問題がありましたか?」
 フィリスは椅子から立ち上がったが、レックスの姿を認めて何事か察したらしい。再び椅子について、トニーに事情を話すよう促した。
「――という訳で、立ち入り禁止にも関わらずレックスさんが勝手に神域に入って来たんです」
 トニーが不満げにそう言うと、それに負けじとレックスが言い返した。
「湖から大きな音が聞こえてくれば気になるに決まっているだろうが。セクアナ様の神域だぞ? あの場所になにか障りがあれば、ルルイリエ全体に良からぬことが起こるかもしれない」
「それって少なくとも音が聞こえるところまで入り込んでたってことじゃないですか。立ち入り禁止になっているのはこの山全体なんですよ?」
「俺だって何もないなら潔斎中に許可も取らず立ち入ったりしないさ。ところがどうだ。潔斎とは言っているがいつもより期間が長いし、祭司達はみんなこそこそしてるし、お前は町を出てどこかへ行くし、何かあったと思うに決まっているだろう!」
 そこでレックスはフィリスの方を向くと、
「神域に何があったんだ。神域の問題はルルイリエ全体に関わることだ。祭司長だからって黙っておくのは―――」
「魔物です」
 際限なくしゃべり続けるレックスをさえぎって、フィリスが静かに言った。するとレックスはあっけにとられたような顔をして黙り込んだ後、
「魔物? 神域に魔物がいるのか?」
 と呟いた。
「そう。神域に魔物が棲みついたのです。町の人達を不安にさせたくなくて黙っていました。そこのお二人は魔物を退治するために私が雇ったのです」
「そのことなんだけど」
 リゼはそう言って話に割り込んだ。フィリスとレックスの視線がこちらに向く。
「あの魔物は近付いても湖の底から動こうとしないわ。誘き出すのは無理。だから、無理やり引きずり出すことにするわ」
 そう言うと、トニーは首を傾げ、レックスは胡散臭いと言わんばかりの表情になった。アルベルトは何となく考えていることを察したのか無言である。
「そのために、一応許可を取っておこうと思って。後でそれは駄目だと文句を言われても困るから」
「なるほど。では、何をするつもりなのですか」
 薄布のせいでフィリスの表情は分からない。しかし、その声音は極めて冷静なものだった。リゼは腕を組むと、なんでもないことのようにあっさりと言った。
「湖を凍らせる」
 そう言った瞬間、真っ先に反応したのはレックスだった。
「おいおい! 神域であるルルイリ湖を凍らせるなんて何考えてるんだ!」
「全部じゃない。魔物の周りだけ凍らせるの。そうなったら魔物も悠長に寝てなんていられないでしょう」
「だとしても湖を荒らしたらセクアナ様の怒りを買うかもしれん! セクアナ様の加護がなくなったらルルイリエは――」
「なら、他に良い手があるの? そもそも、倒すんじゃなくて追い出せと言うから手間取っているの。ただ倒すだけならとっくの昔にやってるわ」
 倒すだけなら、湖に魔術を撃ちこめば済む話なのだ。けれど、それをすれば湖が汚れてしまう。祭司長はそれだけは避けたいだろう。
 と、フィリスは立ち上がると、薄布に手をかけた。布はふわりと広がり、その向こうから祭司長が姿を現す。彼女はゆったりした青のローブをまとい、背丈ほどもある杖を携えていた
「――それで魔物を追い出すことができますか?」
「確証はないわ。でも他に手はない」
 率直に言うと、フィリスは考え込むように目を閉じた。しかし、それは短い間だった。
「分かりました。そうしてください」
「フィリス様!」
「もしそれでセクアナ様がお怒りになったとしても、その怒りは私が負いましょう。あの魔物を放置して、町人にまで被害が及ぶことは避けたいですから」
「でも、セクアナ様の加護がなくなったら――」
「その時は、私一人ででもこの町を守ります」
 きっぱりとフィリスが言った。しかし、それでもレックスは納得しない。
「いや、しかし湖を凍らせるなんて・・・」
「決めるのは私です。それにレックス。あなたは許可なく神域に立ち入ったのです。その行為がセクアナ様の怒りを買うものかもしれないと考えなかったのですか?」
「そ、それは・・・」
 図星を指され、言葉を詰まらせるレックス。しかし、まだ何か言いたそうではある。フィリスはそんな彼の様子をじっと見ていたが、しばらくして彼の方に一歩近づくと、携えた長い杖の先で、一回床を打った。
 その音は波紋のように周囲に広がった。ただそれだけでリゼ達には何の影響も及ぼさなかったが、ただ一人、レックスだけは音を聞いた瞬間ばったり倒れた。何があったのかと思ったが、どうやらぐっすり寝ているらしく呑気な寝息が聞こえてきた。
「町の人々に話されては困りますからしばらく眠っていてもらいましょう」
 フィリスの取った思わぬ強硬手段にリゼもアルベルトも驚いた。トニーだけは落ち着いて、「僕一人じゃ運べないんで人呼んできますね」と言って部屋を出て行った。
「結構、思い切った方法を取るのね」
「レックスは頑固で責任感が強いんです。神域に問題があると知れば黙ってはいないでしょう。ですが、町の人々に知られるわけにはいかないのです」
「そうまでして、神域の魔物のことを知られたくないんですか? ルルイリ湖の問題は街全体の問題であることは間違いないのでは――」
「そうです。町全体の問題です」
 フィリスはうつむき、杖に寄り掛かるようにした。
「神域――そしてセクアナ様はこの町の住民の心の拠り所です。そんな場所が魔物に侵されたとあれば、市民の不安は大変なものになるでしょう。不安は恐怖を呼ぶでしょう。セクアナ様に対する信仰が揺らぐかもしれません。それは恐るべきことです」
 女神の加護がなくなったのではないかと恐れて。女神は我々を見放したのではないかと不安になって。そうやって信仰を失うことが。
「信仰が失われることがそんなに怖い事なの?」
「ええ」
 フィリスは真剣な顔で言った。
「あなたは、自分を信頼しようとしない人々を守り続けようと思いますか?」