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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 さっさと本題に入ろうとリゼが問うと、トニーは困ったような顔をして言った。
「ええっとですね。僕はあくまで名代で、本当の依頼主は別なんです。それに事情があってここでは話せないので、依頼主の所につくまで待っていて頂けませんか。あ、そんな怪しい依頼じゃないですよ!?」
 こちらの疑いの目に気付いたのか、トニーは両手を振って否定する。彼は「とりあえず急ぎましょう」と言うと、せかせかと歩き始めた。
 トニーはなぜか人目をはばかるようにして町を抜け、裏手にある小さな山へと向かった。件のルルイリ湖を挟んで、町とは反対側にある山である。人気のない参道を上がりたどり着いたのは、木造の小さな建物だった。
「着きました。ここです」
 トニーは門衛と思われる人物と少し言葉を交わした後、門を開けて二人に中へ入るよう促した。静かな建物の中を進み、最奥の部屋の前まで進むと、トニーは扉に手をかけて言った。
「依頼について、詳しい事は祭司長のフィリス様がお話してくださいます。どうぞ中へ」



 案内された部屋は思ったよりも質素なものだった。複雑な文様が描かれた敷物と、机と棚があるぐらいだ。部屋の奥には仕切りのように薄布がかけられている。
「潔斎中のため、このような場所からお話しすること申し訳ありません」
 薄布の向こうから聞こえてきたのは落ち着いた女性の声だった。部屋の明かりを受けて、薄布にシルエットが浮かび上がる。彼女が依頼主であるルルイリエ祭司長フィリスなのだろう。
「あなたが祭司長のフィリスさんですね。ルルイリエを襲う魔物を退治してほしいと聞いたのですが」
 アルベルトが一歩前に出て、薄布の向こうに問いかける。フィリスはその問いに頷くと、
「ですか、ただ倒していただきたいのではありません。まずは、魔物を湖から追い出してほしいのです」
「・・・追い出す?」
 退治するのではないのか。それに、
「魔物は湖にいるの? ルルイリ湖に?」
「ええ・・・ですが、この山の麓の湖ではありません。この山の奥にある、もう一つのルルイリ湖――神域の方なのです」
 そして、フィリスは話し始めた。
 ルルイリ湖は細い川で繋がった二つの湖からなっている。一つはルルイリエの生活用水を供給する場であり、住民たちの憩いの場である大ルルイリ湖。そしてもう一つが、湖の女神セクアナの神域である小ルルイリ湖である。湖と言っているがどちらかというと大きな泉であり、ルルイリ湖の源泉でもある湖だ。それ故に神聖視され、丁重に祀られている場所でもある。
 ところがその神域たる小ルルイリ湖につい最近、魔物が棲みついてしまったのだという。
「神域が魔物に侵されたとあれば、この町にどんな災いが降りかかるかわかりません。少なくとも、湖水が汚染されれば町の人々の生命を脅かすことにもなります。一刻も早く、魔物を取り除く必要があるのです」
「それで、追い出せと?」
「もちろん退治していただけるならそれに越したことはありません。しかし、湖を魔物の血で穢すわけにはいかないのです」
 フィリスはきっぱりとそう告げる。これは思ったよりも面倒な依頼かもしれない。そう思ったが、リゼが何か言う前に、アルベルトが答えた。
「分かりました。引き受けます」
 アルベルトがそう言うと、フィリスは安堵したようだった。しかし彼女は再び気を引き締めると、最後にこう付け加えた。
「それと最後に、このことは口外しないでください。町の人達に余計な心配をさせたくありません」



 フィリスの屋敷を出た後、リゼとアルベルトは再びトニーに連れられて小ルルイリ湖へと向かうこととなった。森の中の参道を進み、山の奥へと足を踏み入れる。近くに川があるのか(おそらく大ルルイリ湖に注ぐ川だろう)、清澄な水音が絶えず響き渡っていた。
「そういえば、この町に来てから悪魔憑きを見ていないんだ。ひょっとしてこれもセクアナ様も力なのか?」
 ふいに前を歩くトニーにアルベルトがそう問いかけた。
 確かに、ルルイリエに来てから極端に悪魔の気配が薄くなった。メリエ・セラスには見つけた範囲では数人とはいえ悪魔憑きがいたし、悪魔の気配もしていたが、ルルイリエではあまり気配を感じない。それも、神域に近付くほど、気配が薄くなっている気がする。
「そりゃあルルイリエはセクアナ様の加護がありますから! セクアナ様のおかげでこの町に悪魔憑きはめったにいないし、魔物に襲われることも少ないんです」
 問われたトニーは胸を張って自信満々に答える。セクアナのことを誇りに思い、敬っているのだろう。
「でも、肝心のルルイリ湖に魔物が棲みついてるんでしょう?」
 それを指摘すると、トニーは顔を曇らせた。
「ええ、そうなんです・・・この町に、ましてや神域に魔物が入り込むはずがないんだけど・・・」
 沈んだ声でそう言って、トニーはとぼとぼ歩き始めた。確かに、これほど悪魔の気配がしないのに、神域には魔物が棲みついているなどおかしな話だ。一体、どうして。
「・・・どう思う?」
「分からない」
 アルベルトはそう言って首を振った。さすがに情報が少なくて推察しようにも無理がある。少ないとはいえ、悪魔が全くいないという訳ではないし、偶然入り込んだ可能性もなくはない。「ただ」。そう呟いて、アルベルトは続けた。
「この町にセクアナ様の加護というものがあるのは確かだと思う。町に入る前に視えたんだ。悪魔が近付くのを防ぐ、透明な壁のようなものが」



 大ルルイリ湖は子供達が水遊びをすることもあるように湖に入ることは自由である。対して、森の中にある小ルルイリ湖は女神セクアナの神域であるため、祭司長の許可なく湖に立ち入ることは出来なくなっている。ただし、立ち入り禁止なのはあくまで湖内だけで、湖と女神を祀る社に参拝することは自由なのだ。
「ただ、今は潔斎中ということにして湖も社も立ち入り禁止になっています。湖に魔物が棲んでいるので危ないですから」
 参道を登りながらトニーが説明する。階段を上がり、木製の門のようなものをくぐると、そこに神域があった。
 小ルルイリ湖は確かに小さな湖だった。湖面は波一つなく鏡のように空を映している。特別何かがあるわけではないのに、空気はピンと張りつめ、大ルルイリ湖とは違う厳かな雰囲気がある。これが、この湖が神域と言われる所以なのだろうか。
しかし、その中に異質なものが混ざっているものまた確かだった。
湖畔から湖全体を眺める。ざっと見た限り魔物の姿は見当たらない。やはり、水面近くにはいないようだ。視線を下げ、じっと眼を凝らしてみると、水底の方に真っ黒い影が蟠っているのが視えた。
「いた。あの辺りだ」
 アルベルトが指差したのは、湖の中央よりもやや手前のあたり。さして広くない湖とはいえ、岸辺からは遠い。
「とりあえずあの辺りまで行かないと。ボートはある?」
「ええ、あります。そんなに大きくないですけど。・・・あの、やっぱり湖に入らないとダメなんですよね」
「あたりまえでしょう。都合よく魔物が出てきてくれるわけがないじゃない」
リゼがそう言うと、トニーはそうですよね・・・とどこか躊躇うように答えた。何か気にかかることでもあるのだろうか。
「何か問題があるのか?」