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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 そう言って、キーネスはアルベルトに斬りかかった。素早い剣戟をアルベルトは全て防いでいく。攻防のスピードは速く、リゼでは追いつけそうもない。――剣で追いつくつもりはないが。
「その“奴”というのは、君の仲間に取り憑いている悪魔か? 一体何のために人を集めている? ダチュラの苗床にするためか」
「知らん。俺は命令されているだけだ。従わなければ俺も仲間も殺される」
 アルベルトの問いかけにキーネスはそう答える。その口調には、わずかに恐れが混じっている。取り憑いているなら生殺与奪の権限を握っているということだ。自分の入れ物をそうそう壊したりはしないだだろうが、悪魔の浸食が進めば祓っても元の状態に戻る可能性は低くなっていく。キーネスはそれを恐れている。
「つまりその悪魔を退治すればいいのね。魔物ではなく」
 リゼはそう言うと、キーネスがアルベルトから離れた一瞬を狙って風の衝撃波を放った。吹き飛ばされ、しかしすぐに体勢を整えて剣を向けるキーネス。
「せっかくだから、その悪魔のいるところまで連れて行ってくれる? ついでに、悪魔の弱点かなにか教えてくれたら助かるんだけど」
 リゼは皮肉気にそう言ったが、キーネスは相変わらず表情を変えなかった。
「それは出来ない。奴は俺を見ている。叛意を見せたら、俺もオリヴィアも殺される」
 キーネスが口走った名にアルベルトが反応した。はっとしたような顔をして、キーネスを見つめる。リゼも一瞬その名に気を取られた時、突然背後で魔力が膨れ上がるのを感じた。
 振り返ると、気を失っていたはずのティリーが起き上ったところだった。灰色の瞳は空を見ていて、どこか虚ろだ。記憶はどこまで消えてしまったのだろう。さっさと解毒しないとまずいのかもしれない。そう思った矢先、ティリーは口を開いた。
「貴方が殺したの・・・・・・?」
 彼女の視線の先には再びキーネスと剣を交えるアルベルトがいる。まさか、またなのか。まだ、そこまで記憶が消えていないのか。予想が当たってしまったことに、リゼは舌打ちした。
「どうして殺したの! 何もしてない! 何も悪くないのに!」
 叫び声と一緒に吹き付けてきたのは、魔術になりきっていない、純粋な魔力の波動。衝撃を防ぐために、リゼは魔術を展開した。魔力の波動は相殺され、緩やかな風ほどとなってリゼに吹き付ける。しかしそれによって生まれた波動の相殺音は凄まじく、ティリーの叫び声と合わせて驚いたアルベルトとキーネスが、戦いの手を止めてこちらを見た。
 エゼールを持っているのはアルベルトだ。彼はすぐにティリーの元へ向かおうとしたが、その前にキーネスが立ちふさがる。ティリーにエゼールを飲ませないつもりなのだろう。そこへ、ティリーが再び魔術を放った。今度はただの魔力の塊ではない、炎の魔術だ。放たれた矢のように飛ぶそれは、まっすぐにアルベルトの元へ向かう。
『凍れ』
 火球が標的を捉える前に、リゼは氷雪の魔術でそれを撃ち落とした。氷の欠片と火の粉。そして白い蒸気が辺りに飛散する。アルベルトとキーネスがそれに気を取られた一瞬を狙って、リゼはさらなる魔術を唱えた。
 発動した氷雪の魔術は立ちふさがるキーネスを捕えた。胸から上を残して氷漬けにし、動きを封じる。キーネスは氷の戒めを解こうと身をよじったが、そのくらいで崩れるわけがない。邪魔者を捕まえたところでリゼは振り返ると、新しく魔術を発動させようとしていたティリーに氷刃を放った。
 氷の刃に襲われて、ティリーは少しだけ怯んだ。だが、魔術の詠唱はやめない。仕方なく、リゼは氷雪を巻き上げてティリーを囲い込んだ。吹き荒ぶ風にティリーは動きを封じられる。そこへアルベルトが駆け寄って、ティリーの鳩尾に剣の柄を沈めた。身体を曲げ、苦しそうに息を吐いて膝をつくティリー。アルベルトは倒れそうになる身体を支えて、ゆっくり地面に下ろした。
「リゼ、手を貸してくれ」
「分かってる」
 アルベルトが剣を振るうと、芽の根元が斬り開かれて黒い種が露出した。種から伸びる白い根が、ティリーの腕奥深くまで食い込んでいる。リゼは未だゆっくりと成長を続ける芽を掴むと、意識を集中させて術を唱えた。凍りついた芽は成長をやめ、種も根も動きを止める。すっかり沈黙したそれを、リゼは一気に引き抜いた。
 引き抜く瞬間、ティリーが小さく悲鳴を上げた。血の滴る傷口に手を当てて、癒しの術を紡いでいく。ティリーのそれはアルベルトの時よりも酷いものだったが、時間をかけて魔力を注ぐと、やがて赤い跡だけを残して傷は治癒した。
「これを。飲んでくれ、ティリー」
 アルベルトが袋から出したエゼールをティリーの口に含ませる。半覚醒状態のティリーは反射的にそれを飲み込み、そのまま気を失った。
 エゼールは効いたのだろうか。目を覚ましたら分かるだろうが、解毒が中途半端だったらやっかいなことになるかもしれない。かといって、無理に飲ませるわけにもいかず、とにかくどこかへ運ぼうと、アルベルトが提案した。
 その時、突然ぐにゃりと空間が歪んだ。
 ごう、と生温かい風が吹き抜ける。風が運んできたのは何かが焦げるような臭い。青白く照らされた空間に赤い光が現れて踊る。天井は暗く帳を降ろした星一つない夜空へ。石床は燃える瓦礫と黒い何かに覆われた土の大地へ。空間の歪みが瞬く間に目の前の風景を塗り替えていく。
 炎が爆ぜる音が聞こえる。吹き付ける風は痛いほどの熱気をはらんでいる。その感覚は間違いなく本物だが、同時に今ここで感じるはずのないものだった。
「また幻か!」
 鼻をつく焦げた臭いに顔を顰めながら、リゼは周囲を見回した。先ほどと違ってここは人喰いの森ではない。どこかの村か町だ。燃えているのは樹々と木製の家々。炎に飲まれ、いくつもの家屋が瓦礫と化している。感じる熱も臭いも、目の前の光景が本物だと疑ってしまうほどリアルだ。
 だが、これもあの幻の森と同じ。こちらを惑わすための罠だろう。さっさと抜け出さなくては。
「アルベルト、出られそうな場所は分かる?」
「いや、分からない。前はオリヴィアのおかげで出口が分かったが、今度はそうもいかないだろう」
 気絶したままのティリーを抱え上げて、アルベルトはそう言った。先程の幻の森ではオリヴィアの姿を追うことで脱出できたらしいが、彼女はエゼールの繁る池と幻の森あたりでしか行動できないらしい。だからリゼ達に付いて来なかったし、今も助けを求めることは出来ないのだ。
 リゼは剣を振り上げて、そこに魔力を集中させた。幻術から逃れるためには、術のほころびから外へ出るか、それとも魔力をぶつけて打ち破るしかない。もし、力技で破れるならその方が速い。そう思って、リゼは魔力のこもった剣を思いっきり振り下ろした。
 純粋な魔力の波動が、空間を駆け抜けた。それは燃える家々を砕き、炎を散らし、どこまでも進んでいく。何かにぶつかる気配はない。
 リゼは方向を変えてもう一度魔力を打ち出した。夜空へ向かう波動はまたしてもなににもぶち当たることなく、そのまま消えてしまった。
 幻を破れない。幻を構成する術式に、魔力を当てて壊すことができない。どうやら力技は通用しないようだった。