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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 目の前に迫った蔓を斬り飛ばしながら、アルベルトはリゼの姿を追った。アルベルトは暗闇の中でも行動になんら支障はないが、ほんの小さな明かりしか持たないリゼに闇の中での戦いは難しいだろう。風を操る彼女は空中というハンデをものともしないようだが、やはり掌の光球一つではギリギリまで蔓の接近に気付けない。第一、彼女も重力球の炸裂を喰らって少し負傷している。助けに行かなければ。しかし、蔓と交戦を続けているうちにリゼは少しずつ遠ざかっていく。
 アルベルトの方もよそ見などしていられなかった。風の助けを借りながら、近付いてくる蔓を叩き斬る。鋭い先端を向ける木の根を避け、時に足場代わりに蹴って方向を変えながら、石の床めがけて落ちていく。途中、鞭のようにしなる蔓を斬り裂くと、先端の棘の生えた実のようなものから黒いものが飛び散った。石の床はすぐそこまで迫っている。頭から落ちてはかなわないと、空中で何とか姿勢を正して衝撃に備えた。そして、
 軟らかい腐葉土が、アルベルトの着地を受け止めた。
「――!? ここは・・・・・・?」
 顔をあげた瞬間目に飛び込んできたのは、樹々が立ち並ぶ緑豊かな森だった。見上げると、生い茂る木の葉の隙間から日の光が零れている。足元は軟らかい腐葉土と短い下草。上から見た時にはあったはずの硬い石床はどこにもない。
 これは幻だろうか。足の裏から伝わる腐葉土の感覚は本物だが、眼を凝らすと景色がわずかに歪み、うっすらと石造りの床が視えてくる。空間転移や夢を見ているという訳ではなさそうだ。だが集中して視なければそうと気付けないほど、この幻は強力らしい。これはこの神殿――奥にいる守り神の力なのだろうか。
「ここは禁忌の森――いや、人喰いの森か?」
 なんとなく、この風景には見覚えがあった。植生が同じであれば見慣れぬ森などみな同じものに見えるが、樹々の様子と雰囲気が少し前に通ったばかりの人喰いの森を思い起こさせる。違うのは、あそこ以上に悪魔の気配が濃い事だった。
「リゼ! どこだ!」
 周囲に視線を巡らせて、見失ってしまった彼女の名前を呼ぶ。リゼもこの空間へ落ちてきているはずだ。最後に見た時はほんの数メテルほどしか離れていなかったから、それほど遠くへは行っていないだろう。
 呼びかけてみたが、特に返事は聞こえない。近くにはいないのだろうか。じっとしていても埒が明かないので、とにかくリゼを探そうとアルベルトは歩き出した。
 樹々は生い茂り、道らしい道はない。行く手を阻む枝や繁みは引っかかって細かい傷をつけていくため、幻とは思えないほどやっかいだ。それらをかき分け、溢れかえる緑の中に、あの特徴的な緋色が見えないか気を配りながらも、アルベルトは次第に物思いに沈んで行った。
 ――悪魔祓い師なんて悪魔と何が違うというの!
 憎しみで瞳を燃やし、苛烈な殺意を揺らめかせたティリーの言葉が何度も脳裏にこだまする。彼女は確かにそう言っていた。
(『悪魔と何が違う』、か。ティリーにとって悪魔祓い師は悪魔と同じ存在ということなのか)
 有り得ない話ではない。彼女は悪魔研究家。そして魔術師だ。教会の法に背き、神の正義に背く者である以上、過去に悪魔祓い師から何らかの攻撃を受けたことは想像に難くない。悪魔が人間を殺戮するのと同じように、悪魔祓い師に親族や仲間を殺されたのかもしれない。容赦なく、徹底的に・・・・・・
 深々と、アルベルトはため息をついた。それならばティリーの憎しみは理解できる。大切な人を殺した奴を許さない。例えばそれは悪魔と戦う度にリゼが見せる感情であり、アルベルトも少なからず抱く思いであり、人として当然の感情だと思う。けれど、そんな目にあってまでどうして悪魔研究を続けているのだろう・・・・・・?
 思考が違う方向へ流れそうになったので、アルベルトは考えを中断した。今は悪魔研究家のことよりも先に考えることがある。ティリーが記憶を失った原因は何か、ということだ。
 ティリーは悪魔に取り憑かれてはいなかった。あれは悪魔の仕業ではない。なんらかの魔術を掛けられたとしても、アルベルトには分かるだろう。
 だとしたら何が原因だ。ここに来るまでにある何かが元凶のはずだ。神殿の中にあるのは、ヒカリゴケ、蔓植物、白い花、赤い花、水、樹木・・・・・・
 考えを巡らせていると、不意に樹々の間で何かが動くのが見えた。音もなく、草木も揺れなかったが、見間違いでなければあれは人影だ。はっとして視線を移すと、身を翻して、人が一人、樹々の奥へ消えていくところだった。
 一瞬しか見えなかったから人影がどんな人物だったのかは分からない。だがもしリゼならアルベルトに気付かず立ち去っていくことはないだろう。なら一体何者なのか――。咄嗟に後を追って人影の消えた木立の中へと入りこむと、思いのほか遠くに走る人物の後姿が見えた。
 案の定、その人物はリゼではなかった。一つにまとめた深い緑の髪。動きやすそうな旅装束。距離があるため、女性だろうということしかわからない。その人物は生い茂る樹々をものともせず森の中を駆け抜け、あっという間に遠ざかっていく。迷いのない、まるで障害物などないかのような軽快な足取りだ。
 彼女はひょっとして集落の住人だろうか? 神殿内への立ち入りは自由のようだし、そもそもここで採れた花を売って生計を立てているらしい。集落の住人ならここのことを知っているだろうし、当然出入り口も分かるだろう。話を聞いてみる価値はありそうだ。
 緑の髪の女性の姿は早くも森の奥に消えつつある。急がなければ見失ってしまう。アルベルトは目線の高さに張り出した枝をかき分け、女性の後を追った。
 一歩進むたびにがさがさと木の葉が騒ぐ。外してもすぐに服が枝に引っかかり、通り抜けるには狭すぎる場所はやむをえず剣で切り開くことにした。まだ辛うじて女性の姿を見失っていないが、そんなことをしているので距離は一向に縮まらない。声をかけても森の静寂に吸い込まれてしまって届く様子もない。
 走っていく緑色の髪の女性。集落の住人。おそらくは、記憶を無くした退治屋達。魔物の存在も、どうしてここにいるのかすらも忘れて、農耕をして暮らしている。
 そういえば、ここで採れた花でお金を稼いでいると言っていた。高く買ってくれるのだ、と。だが一体誰が何のために、こんな森の奥にある集落まで花を買いに来るというのだろう――?
 その時、不意に開けた空間に出た。
 そこにあったのは、一面に広がる高さ一メテル程の植物の群生地だった。見上げると先程まであった高くそびえたつ樹も空を覆う木の葉もなく、ひたすらに蒼い空が広がっている。――きっと、他の人にはそう見えているはずだ。
 おそらく雲一つないのであろう空は浮遊する悪魔で黒い斑模様が描かれていた。それ自体はアルベルトがいつも視ている空と何ら変わりない。むしろ少ないぐらいだ。それとは別に、背後に透けて視える暗闇が空を薄暗く染め上げていることがはっきりと分かった。