Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ
「やっぱりって、まさか二回目の方は分かってて魔術を使ったのか・・・・・・?」
反射された魔術を防ぎきって剣を下ろしたアルベルトが疲れた様子で言う。わざわざアルベルトがやらずともあれくらい防げたのにと思いつつも、リゼは答えた。
「いいえ、反射されることまでは分からなかったわ。魔術を無効化するような仕掛けがあると思ったから確かめようと思っただけ。――反射された魔術を防いでくれたのは助かったわ」
「ああ、無事でよかった。・・・・・・それより、あの壁が破壊できないとなると――」
言いかけて、アルベルトは神殿の奥の闇に潜むものに気付いたらしい。後ろだ! と警告を発して、再び剣を構える。その途端、リゼの背後で悪魔の気配が膨らんだ。
闇の中から現れたのは、人間の二倍以上はある巨大な植物だった。蛇のようにうねる蔓を伸ばし、リゼ達を絡めとろうとする。魔物の身体に茂る葉が、ざわざわと不吉な音を立てた。
『貫け』
伸ばされた蔓がリゼの身体に撒きつく前に、氷槍が魔物の身体を貫いた。凍りつき動きを止める魔物達。そこに風の衝撃波をぶつけて、バラバラに破壊する。魔術を喰らわなかった他の魔物達も、アルベルトの剣で斬り裂かれ倒される。
その時、石壁の隙間から細い根のようなものが鞭のように伸びてきた。それは一番近い場所にいたティリーを襲い、串刺しにしようとする。ティリーは辛うじて避けたが、根が腕をかすめてぱっと血が飛んだ。そこに別の場所から伸びた蔓が、所々にできたこぶのような塊から黒い小石のようなものを浴びせかける。
「痛っ! 何するんですの! 『燃え盛れ紅蓮の炎!』」
仕返しとばかりティリーが放った炎の魔術が蔓を燃やし尽くした。それはあっという間に炭化し、塵になって消滅する。根の方もアルベルトが斬り落とし、祈りの言葉で浄化した。
「ティリー、怪我は大丈夫か?」
「ご心配なく。掠り傷ですわ。――あ、リゼ。治していただけませんこと? すっごく痛くて」
アルベルトには心配ないと言っておきながら、ティリーは傷を見せて大げさにいたそうな顔をする。その様子にリゼはため息をついて、
「掠り傷なら放っておいても大丈夫でしょう。いちいち術なんて使ってられないわ」
ティリーの願いを拒否した。実際、彼女の傷はどう見ても掠り傷だし、どうせ治癒術を間近で見たいだけだろう。案の定、ティリーは残念無念といった顔をしたが、無理やりせがむ気はなかったようで、ハンカチを取り出してテキパキと傷口をしばった。
「それで、これからどうする? 退路は塞がれてしまったが」
周囲を警戒しながらアルベルトが問いかける。当然、出来ることは一つしかない。リゼは踵を返すと、さっさと歩き始めた。
「入り口が塞がれているなら奥へ行くしかないわ。別の出口を探すか、あるいは予定通り奥の魔物を倒すか、よ」
そうするしかないか、と言ってアルベルトが後ろに続く。ティリーも取り出したカンテラに魔術の炎を移して後を追った。アルベルトを追い越し、リゼの隣まで来てカンテラを掲げる。
「・・・・・・ちょっとひりひりしますわね。何か入ったのかしら」
腕の傷を見て彼女はそう呟いた。
神殿の奥に進むと広い空間に出た。
大きな教会の礼拝堂のような場所だ。石造りの床や壁には所々にヒカリゴケが群生し、神殿内をぼんやりと照らし出している。水が流れる音がするから、どこかから地下水がしみだしているのだろうか。石の隙間からは赤や白の草花が生え、柱には蔦が絡み付き、背は低いものの室内とは思えないほどの樹木が立ち並んでいた。
「至尊なる神よ。その御手もて悪しきものに断罪を!」
アルベルトが祈りの言葉を唱えながら、しつこく襲って来る植物の魔物を斬り払った。しゅうしゅうと音を立てながら、魔物の身体は崩れ、朽ち果てていく。彼はそのまま返す刃で別の魔物を捉え、縦一文字に斬り裂いた。葉を散らしながら、魔物は枯れ朽ちて消滅する。
魔物を倒すアルベルトの傍らで、リゼは油断なく周囲を観察していた。今のところ魔物はやつらだけ。数は少なく、それほど強くもない。もっと奥まで進めば別なのだろうが、現時点ではそれほど心配する必要はなさそうだ。
「この魔物、白い花が咲いてるな」
魔物を倒し終わったアルベルトが、剣をおろすと不意にそう言った。確かにこの植物の魔物には花が咲いている。白い、トランペットのような形をした花だ。
「入り口で会った村の人が植物、特に花を傷つけるなと言っていたな」
「それがどうしたの。花なんてその辺りにも咲いているし、大体こいつは魔物よ。傷つけるなという方が無理だわ」
魔物がうじゃうじゃいるような場所で、花を傷つけるなとか守り神に失礼なことをするなとかいうことをいちいち守ってなどいられない。ルルイリエと違ってここはすでに悪魔に汚染されてしまっているのだし――
「ここの花はあの集落の生活の糧なんだろう? まさか魔物化した植物から種を取っているんじゃないかと思ってね。もしそうだとしたら、集落の人達がおかしい原因はこれなのかもしれない」
「そういえばキーネスが言っていたことも気になるわ。人喰いの森に魔物退治に来た退治屋はこの神殿に入った。そして――どうなったのか」
みんな、集落で会った女性のようになるのだとしたら。魔物のことも悪魔のことも、今いる場所の名前すら怪しくなるのだとしたら――
考えている内にも、再び魔物達が襲い掛かってくる。すぐに魔術で撃退したが、また別の方向からも数体やってきていた。そのうちの一匹が、魔術を使う様子もなく突っ立ったままのティリーに襲い掛かる。動かない彼女の背に尖った根の先端が迫る。
「危ない!」
一瞬速く動いたアルベルトが、剣を振るって根を受け止めた。鋭い先端を受け流し真っ二つに斬り裂いていく。祈りの言葉が光となって根に伝わり、魔物は炭化して動かなくなった。ティリーはその様子を一言も言わずじっと見つめている。
「ぼうっとしてたみたいだけど、どうかしたの」
どことなく上の空なティリーの様子を不審に思って、リゼはそう尋ねた。先程からずっと大人しいし、魔物に襲われかけたというのに、どうにも反応が薄い。今もリゼの質問に答えることなく、じっと何かを見つめている。
「あいつ・・・・・・」
リゼを無視して、ティリーは独り言のようにそう呟く。視線の先にいるのはアルベルトと、動かなくなった木の根。その背後の闇だけ。アルベルトがどうかしたのか。そう思っていると、突然ティリーは一歩前に出ると、思いがけない台詞を口にした。
「貴方・・・・・・悪魔祓い師ですわね?」
突然何を言い出すんだと、リゼは驚いて彼女を注視した。ティリーの視線の先にいるのはアルベルトただ一人。意図のわからない発言にアルベルトも首を傾げる。
「? 何故いきなりそんなことを」
俺が悪魔祓い師であること、君は最初から知っていたじゃないか。そうアルベルトは答えた。ティリーは別にふざけているわけではない。むしろ今まで見たことのないくらい真剣だ。不思議に思ったリゼが問いただそうとした時、ティリーは深く息を吐いた。
「そう。なら・・・・・・逃がしませんわ」
作品名:Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ 作家名:紫苑