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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 喋り続けるティリーをさえぎって、ゼノが当惑したように言った。その後ろで、キーネスもやれやれと言わんばかりの表情をしている。ゼノはぼさぼさの頭をがしがしかくと、ティリーとリゼの顔を交互に見て言った。
「お前らって知り合い?」



本日二度目の事情説明タイムが終わったのは、日も沈みきった頃だった。
揺れるランプの明かりが小屋の壁面に五人分の影を描き出す。ただ一人、ランプの光を浴びていないシリルは、薄い毛布にくるまって安らかな寝息を立てていた。
「―――つまりだ。お前ら二人はアルヴィアの人間で、リゼは本当に“救世主”で、国にいられなくなったからミガーに亡命してきたんだよな」
「そうだな」
 ゼノの質問――というより要約に、アルベルトが頷いて肯定する。
「で、ティリーはミガーへ亡命する手助けをしたけど、メリエ・リドスで二人とはぐれちまったと」
「そうですわ」
 ティリーの首肯を得て、それでゼノはようやく事情を飲み込んだようだった。これは何もゼノの理解力がなかったためではなく、ティリーの話が長い上にあちこち横道に逸れたせいである(しかも細かい事情は省いたにも関わらず)。最初は逸れるたびに軌道修正していたのだが、それでもゼノには話の筋を追えない状態になったので(なおキーネスは一回で理解したらしい)、こうやって確認することになったのだった。
 ちなみに、アルベルトが元とはいえ悪魔祓い師であることは話していない。話をややこしくしないためだろうか。ティリーがそのことを話から省いたのだ。今はとりあえず、逃亡するリゼにたまたま会って、そのまま一緒に逃げることになったと説明してある。
「待てよ。救世主? んなもんが本当にいるのかよ?」
「先ほどの悪魔祓いを見ただろう。クロウに取り憑いていた悪魔を簡単に祓ったんだぞ」
 キーネスが淡々とそう言ったが、ゼノは納得していない。というより、信じられない様子だった。
「いや、その悪魔祓いの力ってのを疑ってるじゃねーよ。けど救世主なんてほんとにいるのか? そりゃマラーク教に詳しい訳じゃねーけど、救世主って、神様の子供で悪魔を滅ぼして人類を救うっていうとんでもない奴のことだろ。神様の子供なんてものが本当にいる訳ねーじゃん。あれは御伽話みたいなもんだろ?」
 どうやら救世主の話はミガーでもよく知られているらしい。ゼノの言う通り、聖典には救世主とはいつか来たる審判の日に悪魔を滅ぼし永遠の国をもたらす?神の子?のことだと書かれている。アルヴィアではこれはいつか実現するものであり疑う者はいないが、ミガー人にはお伽噺だと同等に思われているのだろうか。
「私は救世主だと名乗ったことなんて一度もないわよ」
 リゼが少しばかり不機嫌そうな声でそう言ったので、ゼノは大いに慌てたらしい。
「そ、それは分かってるって。だからそんなに睨むなよ」
 別にお前の存在を否定してるわけじゃないって!と必死に弁明する。といっても、リゼもそれほど怒っていた訳ではないらしく、すぐに視線を逸らした。
「どうせ“救世主”というのはこいつが悪魔祓いの力を持ってるから勝手にそう呼ばれているだけだろう。むしろ、本物の救世主じゃない方が好都合だ。俺達はマラーク教徒じゃないからな、本物の“救世主”なら、救うのはマラーク教徒だけだろう」
 皮肉気に言ったのはキーネスだ。彼は腕を組み、古びた木箱に背を預けている。その横で、ゼノが大きく頷いた。
「うんうん感謝してるぜ! オレ達だけだったらシリルを治せなかったもんな。こいつが悪魔憑きだって聞いた時には、教会から連れ出すべきじゃなかったって心底後悔したからよ」
「ローゼンが教えてくれて助かったな。でなければ解決策は見つからなかった」
 ゼノとキーネスがリゼのことを知っていたのは、ティリーが“救世主”の存在を教えたためだった。ミガーに渡った後、ゼノとキーネス、そして悪魔憑きの少女シリルと出会ったティリーは、彼女を治す手立てとして、リゼを探すことを提案したのである。
「そうなんですの。貴女達を探そうと思ったら、全然違うものを見つけてしまって。“憑依体質(ヴァス)”なんてわたくしも見るのは初めてでしたし、どうしようかと思ったんですわ。そもそもこの国に来てから・・・・・」
「話すなら手短にして」
 また長々と話し始めそうだったので、リゼが先手を打って釘をさす。ティリーはちょっと残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直して話し始めた。
 メリエ・リドスで別れた後、病院薬品庫炎上騒ぎやらそれを聞きつけた騎士達が説明を求めに来るやらでメリエ・リドス役場は大騒ぎになっていた。教会側の要請で人の出入りはストップ。貿易船の出港も一時禁止。当面の間、ミガーへ渡る手段は失われたように思われた。が、
「市長が一隻だけ船を出してくれたんですわ。それで何とかミガーに渡ることができたんですの」
一通り調べが終わって、騎士達が一時撤退した隙を狙っての出港だった。最も、よくあることなので難しい事ではなかったが。
 そして、リゼとアルベルトに遅れること一日と少し。ミガーに入国したティリーは二人を追って到着早々メリエ・セラスを発った。
「でもまさかルルイリエに行っていたとは思いませんでした。まず一番近いザウンに行くだろうと思ってましたのに」
 メリエ・セラス近郊の町で最も近いのが、南西にあるオアシスの町ザウンである。北西にあるルルイリエに比べると、距離はほぼ半分だ。
「砂漠行きに慣れていないだろうからすぐに追いつけると思ったんですけど。どっちに行ったかちゃんと調べればよかったですわ。でも、そのおかげでシリルに会えたから無駄ではありませんでしたけどね。“憑依体質(ヴァス)”なんて、めったにいませんから」
 案の定、ティリーにとってシリルは学術的な興味の対象であったようで、ゼノが微妙な表情をしている辺り、研究対象になりそうなものを見た時のあの独特のテンションで迫ったのだろうと推測される。まあ、シリルには“憑依体質(ヴァス)”であることを隠していたので、実際は彼女に迫ったりはしなかったのだろうが。
「まあ、おまえにも感謝してるよ。シリルが“憑依体質(ヴァス)”だってとこも救世主のことも教えてくれたおかげで、あいつを治すことができたんだし」
 ゼノの言葉に、ティリーは胸を張って当然ですわといった。
「でもキーネスが探してくれたおかげで、わたくしも助かりましたけどね。一人でリゼ達の行方を調べるのは少々大変ですもの」
 ゼノとティリー曰く、キーネスは情報収集が得意な情報屋でもあるのだという。退治屋のために魔物の動向や退治の依頼の情報を集めるのが主な仕事だが、その関係で人探しをするのも得意なのだそうだ。
 “憑依体質(ヴァス)”のこととリゼのことを知っていたティリー。人探しを得手とするキーネス。彼に渡りをつけられるゼノ。そして、“救世主”であるリゼ。彼女らに出会えたシリルは非常に幸運だったのだろう。ランプを囲む四人を見ながら、アルベルトはそんなことを考えていた。



「ところでお前達はどうして禁忌の森なんかにいたんだ。南の街道からコノラトに来る予定だったんだろう」