小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
リンドウノミチヤ
リンドウノミチヤ
novelistID. 46892
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

KYRIE Ⅱ  ~儚く美しい聖なる時代~

INDEX|7ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 

第2章 接触~sione1~



 静寂を破るかのように統也の端末が音をたてた。キリアンは既に酩酊状態で、夜の誘いをかけてきた。花形レーサーは来週中東の小国のセレモニーに参加する事になっている。統也達も一足遅れて現地入りする予定だ。
 統也が誘いを断るとキリアンは、お前はまるで修行僧だなと軽く毒づきながら通信を切った。別に清廉潔白であった覚えはないし、第一キリアンの物差しで測れば世の中の人間は皆修行僧だろう、そう思っていると今度は通路側のドアがノックされた。
 相手が元恋人だろうがキリアンだろうが、今度こそ全て断って隠遁生活を送ろうと決心した統也がドアを開けると、そこには公爵夫人が立っていた。先日のパーティーとは打って変わって、亜麻色の髪を無造作におろし、簡素なシャツの上に皮のジャケットをひっかけている。中性的な雰囲気が際立っていた。彼女は呆然と立ち尽くしている統也をちらりと一瞥し、しなやかな猫科の動物のごとくするりと彼の脇を通り抜けて部屋に入って来た。

 こいつはいつもそうだ。どんなに心をつくして手を差し伸べても決してなびかず、こちらがいよいよ切羽詰って来た時に限って遠慮なく聖域に踏み込んで来る。
 統也は我慢強く史緒音の様子を見守った。彼女はさながら美しい無法者といった風情だった。優雅な足取りで、2つしかない統也の部屋を隅々まで見て回ると、最後に細い眉をひそめてのたまった。

「男の匂いがするわね」

 当たり前だろう、男の一人暮らしなんだから。統也はため息をついてそう言うと用意していた湯で紅茶を入れた。史緒音はオーク材の椅子に腰をおろすと、細身のデニムを穿いた長い足を組んだ。二人は暫し無言だった。

「何かあったのか?・・・史緒音・・・いや、今はイングリッドだったか?」

 沈黙を破った統也を史緒音はじろりと見やり、イングリッドは自分のセカンドネームだが日本にいた頃は誰も使った事はない、この名は好きでないし二度と呼ぶなと言った。その少しむくれた様子に統也がつい笑うと、彼女は声をおとした。

「あなたこそ、どういうつもり?今更昔話でもしにきたの?例えば私の犯罪歴について、とか」

 統也は一瞬息を止めた。

「そんなつもりは毛頭なかったけどな」

 つとめて穏やかに言ったつもりだったが語尾は否応なく怒気をはらんでいた。彼の事をその様に思っていたらしい史緒音への怒りもあった。それ以上に、彼女にとって過去が、統也を含めて忌むべきものでしかないのかもしれないという事を、この瞬間まで全く考えもせずひたすら己の気持ちのみで邁進した事への怒りだった。俺は何て滑稽なんだろうな、統也は苦く思った。
 史緒音はカップを手にしたまま、再び沈黙した統也の様子を見ていたが、やがて静かに言った。

「ご免なさい、ただ、今の私には注意するべき事が多すぎるの」 短く、簡潔な謝罪だった。

「俺の方こそご免な。あんたの立場も考えず勝手に会いに行った」

「父に、聞いたの?」

「ああ」

「あの人は、あなたを気に入ってるみたいだったものね。私の夫もだけど。最近しきりにあなたを家に招くようにすすめて来る」

 史緒音は、ふと顔を上げた。

「私に、会いに来たの?」

「ああ、お前に会いに来た」

「何故?」

「もう百回くらい言ってるけどな」

「覚えていない」

 史緒音は突き放すように言った。

「ああ。だが俺の気持ちはそのまんまだ」

 史緒音は怒った様にカップに視線をおとした。彼女は内心、目の前の、自分に向かってひたむきに海を越えて来た男にどの様に対処すれば良いのか分からず途方にくれていた。かつて公爵が評した天使のごとき姿と呼応するかの様に彼女の中のある種の感情は何処か欠落していた。統也はそんな史緒音を少しばかり寂しげに見つめ、そして壁際に丁寧にかけていた彼女のジャケットを取ると立ち上がった。

「公爵夫人をこんな所に引き止めておく訳にもいかないしな」 彼は呟いた。

 通りに出ると、異国の夜の空は未だ明るく空気は暖かだった。統也はふと振り返り史緒音に笑いかけた。

「なあ、頼みがあるんだが」

「何?」

 史緒音が首をかしげて統也を見ると、彼はかつての悪童だった頃のままの表情でにやりとして見せた。

「帰り道の間ずっとあんたを独占していたいな」

 そして二人は、まるで恋人同士でもあるかの様に行き交う人々に混じって肩を並べて通りを歩いた。公爵邸のある住宅街まで徒歩とメトロを乗り継ぎ、一時間ほどの他愛もない散歩だった。少年と少女だった二人がそうであった様に、ぽつぽつと言葉を交わしながら通りの店先を眺めたり橋の欄干にもたれて水鳥達の様子を観察したりした。決して触れ合うことは出来ないが離れもしない、それが彼等の距離でもあった。