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リンドウノミチヤ
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KYRIE Ⅱ  ~儚く美しい聖なる時代~

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第2章 接触~touya1~



 一週間ぶりに戻った空港に流れるニュースでは、先日の小国のテロ事件はやや小さい扱いのものとなっていた。
 統也は部屋に荷物を置くと、その足で公爵邸に向かった。彼の身体も精神も憔悴しきっていたが、先ず確かめねばならない事があったからだ。

 時が止まったかのような住宅街にある、瀟洒な公爵邸の主は不在だった。統也は公爵邸の門の前に立ち、扉に刻まれた星座らしき刻印をぼんやりと眺め、十代だった自分が初めて出会った天使の様に美しい少年の事を懸命に思い出そうとしていた。やがて門が開かれ、モデル並みに背が高く骨格のがっしりとした赤毛の秘書が現われた。彼女は無表情に統也を目線で促した。案内された中庭の一角のサンルームは公爵かその夫人のどちらかの趣味なのだろう、蘭の鉢で埋め尽くされていた。

 公爵夫人は白く滑らかな生地のシャツにシックなスカートといういでたちで蘭の世話の最中だった。彼女は統也を一瞥し、声をかけた。執務の間を縫ってここに来たの、向こうにいる間様子を見られなかったし、使用人には任せられないわ。中東のホテルのロビーで見た時と何ら変わらない怜悧な表情だった。

 統也はその足元に新聞を叩き付けた。

「俺はこういう事には疎いし、あんたからすれば部外者でしかないんだろう、俺も、あんたが遠い世界の人間だと思う時があるしな、だが、そうも言ってられねえ、友人を亡くしちまったからな」

 自分の方を向いた公爵夫人の視線を感じつつ、彼は地面の新聞を見つめ、低い声で言った。

「俺はあんたに否定して欲しいんだ。あんたが、あの事件の情報を事前に知っていて、その上でラーゲルレーヴが提携している王族とテログループとの敵対関係をはかりにかけたなんてな。その為に公爵の、俺の親友を見殺しにしたなんてな。俺にとってあんたが、すっかり遠い人間になっちまう前に、あんたの口から違うと言って欲しいんだ。」

 しかし、夫人の声は冴えた月のごとく冷ややかだった。

「でもあなたは、本当は確信している訳よね?だからここへ来た。ひょっとして私の夫もそうなのかしら?彼がパーソナルスポンサーをしていた人物を結果的に見捨てる様な決断を私がすると。あのテロ事件と、私とを誰が一体どうやって結びつけるのかしら?」

「誰もいやしねえよ。あんたの旦那以外はな」統也は呻いた。

「他に、お前とあの事件を即座に結びつける事が出来るのはこの世で只一人、俺だけだ。」

 統也は手をだらりと下ろした。目の前にいる公爵夫人をまるで彼女が手負いの獣であるかの様に見つめた。

「あんたを殴るつもりだったのかもしれんが、もう忘れた。あんたは別の世界の人間だ、俺はもう、関わらねえよ」


 立ち去ろうとする統也の背に向けて言葉が放たれた。

「昔殺した時も今回も、私にとっては同じだったわ」

 この世のものとは思えない、低く冷たく甘美な声音だった。

「私の存在は、必要悪なのよ、統也」


 統也は己の中で、何かが境界を越えるのを感じた。
 彼は振り向いた。一瞬苦悶の表情を浮かべると、真っ直ぐ夫人の許へ向かった。