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レジェンドオブフライ

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***


「コラ・ラトル」
そう刻まれた石が、光をうけて闇夜に浮かび上がる。その石の上には、さびれた電灯が取り付けられていた。漆黒の闇に妖しくそして美しく光を放っていた。そこに、一匹の蛾がやって来た。とりつかれたかのように、ふわりふわりと一定のリズムを刻みながら、電灯の下にやって来る。やがて彼は円を描いて飛び始めた。そうして何周か回っていると、どこからともなくもう一匹の蛾が飛んできた。続いてまたもう一匹、もう一匹と増えてゆく。
無数の蛾が、電灯の光をうけて、円を描いて飛んでいた。





***


プロローグ


水が欲しい。歩きながらヨジロウは心からそう願った。村は今にも絶えてしまいそうだった。何しろ雨がちっとも降らない。ここの所の水不足の影響は至るところに出ていた。川は干上がり、村人は僅かながら残っている倉の米やヒエやアワで飢えを凌いでいた。
辺りを見渡すと、干からびた田が目に入る。痩せ衰えた稲が辛うじて生きながらえていた。このままでは、今年の収穫も期待できないだろう。


ヨジロウはもうすぐこの村の長になる男であった。


家に帰ると、腹の大きな女房がヨジロウを待っている。臨月を迎える彼女の腹の中には、新しい命が今にもこの世に生をうけんとしているのだ。


水が欲しい。


例え我が命と引き換えてでも…


******





時を経て数千年。時代は平成。人間界は活気に溢れ、人々は何不自由なく暮らしていた。
ここに、一匹の蛾がいた。その名をジンという。人里離れた山奥に彼の住みかはあった。いや、彼らの住みかはあった、と言うべきだろうか。彼らは群れを作って生活していた。彼のライバルは、その名をケツァール
と言う。ケツァールは、尻の方が蛾にしては珍しく割れている。
ケツァールとジンは同じ日に産まれた、500匹程いる兄弟の内の2人である。卵から孵る時、ジンは頭から、ケツァールは尻からこの世界を始めて感じた。ジンは卵から突き出たケツァールの割れた尻を見て、コイツは俺の生涯のライバルになる、と直観した。


****


紹介をどうもありがとう。私の名前はジンである。先ほど、私の兄弟、ケツァールの身体的特徴を伝えたので、わたしのものも伝えておこう。わたしの特徴はなんといってもふさふさの毛にある。わたしは体毛が濃い。立派な毛並みの持ち主である。
ところで、虫が何故、夜の暗がりから光を求めてさ迷うのかご存じだろうか? 我々は夜毎光を求めてさ迷う。
人間の名では、その光を電灯と呼ぶのだそうだ。人間は、言葉を操る動物は我らだけだと嘯いているらしいが、そんなことはない。蛾族にも言葉というものはある。「電灯」のことを蛾族の言葉でトリリンと呼び、トリリンをさ迷い飛ぶことをトリリン巡りと呼ぶ。
 我々がなぜ光を求めるのか、その確かなところはわからない。人間が音楽を愛するのと同じことだ。それは、儀式のようなモノなのだ。我々にしか聞くことのできない音楽が、確かに辺りに鳴り響いている。その音楽に身を任せ、我々は円を描くように飛翔する。ひたすらリズムに身を任せ飛び回る。電灯の光は発光源からグラデーションを描いて暗闇に溶け込んでいく。羽から零れ落ちた鱗粉が光を反射してちらちら暗闇に消えていく。それを見ながら我々はさらに儀式に没頭していく。時間も空間もすべてのものを超越した瞬間であり、我々すべての蛾が、自然に溶け込み一体化する。
時々コガネムシのギンギンが間違って我々の群れに突っ込んでくることもあるが、彼は馬鹿だ。勢いよく電灯に突撃してあれれ~~~と言いながら地面に落下してしまうのだから。
そのように夜な夜な繰り広げらるトリリン巡りに最近異変が生じていた。
どうやら、我々の儀式の邪魔をする人間族の子供なる者が出現するようになったのだ。
我々蛾族は長らく人間と友好な関係を築いてきた。
そもそも、我々の住む地域は田舎であるので人間を見かけるとはそう多くない。ただ、年に一度夏の盛りの頃、にわかに村が騒がしくなる。
どうやら普段は別のところに住んでいる人間がこの期間にはここに戻ってくるようなのだ。
人間の子供のことを我々はミニと呼ぶ。何のことはない、単に体が小さいからである。
だが、そのミニはまったくもって我々の知るミニではなかった。まず第一に横幅が太かった。そのぽっちゃりとした手を我々の群れに突っ込んでくるのである。鼻のあたりは濡れているらしい。鼻水が垂れているのであろう。眉毛は濃く、その下の目はやけにくりくりとしていた。
 彼が我々の群れの中に手を突っ込むのは、どうやら我々を手中に収めたいからのようであるが、それほどまでに我々の身体は魅力的なのであろうか。いや、私自身目に見えない魅力の塊であることは重々承知しているが、それを握りしめたいとはいかなる感情であろうか。そんな愛情表現は即刻やめてほしい。はっきりいって甚だ迷惑である。自分の肉でもつかんでいた方がよっぽど気持ちよさそうであるのに。
とにかく、そんなぽっちゃりの餌食になるのもごめんであるので、私が視察に向かった次第である。


仲間が教えてくれたミニの家へえっちらおっちら飛んでいくと、茶色くだだっ広い民家が見えてきた。少し下降して縁側を覗くと、ミニが縁側でだんごを食べているのが見えた。緑と白のシマシマのノースリーブを着ていて、ぽっちゃりとした腕がぽよよんとはみだしていた。ぽよよんとした彼の手にあるのは、みたらしだんごであろう、茶色いタレがてらてらと光っている。非常に美味しそうである。いや、そんなことは置いておいて、敵の偵察であるが、敏感な私は気になる情報を発見した。彼の横にあるのは…虫かごではないだろうか。プラスチックでできた緑の入れ物である。よく見えないのでもう少し近寄ってみることにした。太陽がギラギラと光っていてすこぶる熱い。わたしは昼間からこのように飛ぶことに慣れていないのですこぶる体力を消耗した。飛び方があれよあれよと乱れていく、ふらりふわりとだらしないことこの上ない。ひい、と思ったので縁側の柱にとまることにした。


とまった瞬間、ミニの頭がサッと動いたのがわかった。だんごを手に持ちながら、顔だけはこちらを向いている。太い眉の下の目はじっと私を眺めている。どうやら私に気がついた様である。これは一生の不覚。私としたことが、暑さのせいで気が緩んだのかもしれぬ。
その時、ミニの脇に置いてあった虫かごが、にわかに騒がしくなった。どうやら何かが捕獲されている模様である。バタバタ、いや、むしろドタドタと言った方が適切であろうか、図体の割とがっしりした昆虫がノンフリーダムな状況下で暴れているようである。ともかく命があるようで良かった。私は暑さに朦朧としながらその正体を確めようと目を凝らした。
ミニも、突如暴れだした自身の捕獲物に気をとられわたしのことはすっかり頭から消え去ってしまったようである。
暴れものをよく見ようとミニが虫かごを持ち上げ、その中をクリクリの目で眺め回した。そのお陰でわたしもその暴れものを垣間見ることができたのであるが…、あれは、ギンギンではないか!コガネムシのギンギン!可愛そうなギンギン!哀れなギンギン!
作品名:レジェンドオブフライ 作家名:森巣遥香