烈戦記
『…』
だが、振り返ってみればどうってことはない。
そりゃこいつ一人なわけねぇよな。
あーやめたやめた。
無理無理。
そして俺は声をかけてきた兵士含めほぼ大半の不安気な部下達をよそに空を仰いだ。
『あ、あの!』
『あぁ?』
『あっ…』
『あ…』
しまった。
もう俺の番だったのか。
急に声をかけてきたもんだから思わず素が出てしまった。
『…』
『…え、えっと…』
だがどうしたものか。
仮にもこの餓鬼は上司ではあるものの何か釈然としないこいつの態度にまるで謝る気が起きない。
それは多分俺の性格だ。
それにそんな気持ちのまま謝まった所でボロが出てしまうだろう。
『隊長ッ…隊長ッ…!』
だが後ろでは何時迄も上司に対しての不遜な態度を詫びない俺に対して肝を冷やしているのか小声で急かす先程の兵士がいる。
『はぁ…すー…』
あー…面倒くせぇ。
『大変申し訳ございませんでしたであります部隊長殿!』
『…ッ!?』
『…ッ!!』
ほら、言わんこっちゃない。
結局言ってはみたものの素は隠しきれずに途中から茶化してしまった。
後ろからは肝をさらに冷やした部下達の声にならない悲鳴が聞こえてきそうだ。
だが何も俺だって世渡りがそこまで下手な程実直な人間ではない。
寧ろ捻くれ者で、しかし小心者なせいで今までの人生ずっと日和見もいいところだろう。
だから相手が相手なら話しは変わったのだろうが、俺からしたらこいつは羨ましい程に、そんでもって見るからに頭の中はお花畑のようだ。
こっちの見え見えの上辺言葉にすら気付かなそうだと思った。
『い、いえ!こちらこそ取り込み中にすみません…』
ほらな。
案の定お花畑な答えが返ってきた。
後ろからは安堵に似た溜息がどっと聞こえてくる。
そもそもお前らはお前らで何こんなションベン臭い餓鬼にびびってんだよ。
だいたい何だよ取り込み中すみませんって。
こいつ自分の立場わかってんのか?
頭沸いてんのか?
『…』
『…』
『…』
『…』
なんだよこの餓鬼。
さっさとなんとか言えよ。
何もねぇならさっさと失せろよこの餓鬼。
『あ、あの…っ!』
お?
『よ、よろしくお願いしますね!』
『…』
そう言ってこいつは俺に手を差し出した。
それはそれは満面の笑みで。
多分握手を求めているんだろう。
だが、俺にはその行為が逆に俺の癇に障った。
『…はぁ…』
限界だ。
いや、我慢する余裕くらいはあるにはあるんだが、ここで一言言っておいてもバチは当たらんだろう。
短い付き合いなんだろうが、こいつの今後の為でもあるんだ。
そう自分に言い訳をしながら、俺は心の中で一息ついた。
バチンッ
『あっ…!』
『…』
『……え…』
そして俺はそいつの差し出してきた手をはたき落とした。
『遊びじゃねえんだよ』
『…あ、あの、そんなつもりじゃ…』
見るからに青ざめていく顔を見て踏ん切りがつく。
いける、と。
完全な弱い者虐めだ。
『や、やめましょうよ隊長っ、まずいですって…っ!』
『俺達は命張ってここに来てんだよ!』
『…っ!』
俺は制止しようとする兵士の言葉を遮るように大声で叫んでいた。
だがそれが予想以上に大きかったのか、先程まで蚊帳の外だった他の兵士達までもがこちらを注目して辺りは静まり返っていた。
…やっちまった。
これじゃーもう後には引けない。
だが、既に俺の中では引くつもりなど更々なかったので動揺は直ぐに…は収まってはくれないようだ。
頭は冷静だ。
しかし、その冴えた思考とは関係無いかのように顔の表面は熱くなり、そして手足が小さく震えていた。
…ちくしょう、小心者め。
しかし、今はまだやめられない。
落とし所まではいかなきゃならない。
緊張の中、言葉を続ける。
『お前は目上の人間が下の人間を同等に見るのが美徳だと思ってるようだが、はっきり言わせてもらう』
『俺達は俺達以上の人間だと上を信じて命を預けてんだよ!お前みたいにへこへこした輩になんて安心して命預けれねぇんだよ!』
『…っ!』
『餓鬼が戦場に出てくんじゃねぇ!』
よし言ってやった。
言ってやったぞ。
俺は興奮していた。
予想以上にしっかりと言い切れた事に自分でも驚き、そして歓喜した。
胸がバクバクしているのが伝わってくる。
それが俺には心地よく、程よい高揚感と達成感を感じさせた。
だが、それの意味を察してスッと頭が冷静になる。
…あぁ、やはり俺は小心者だ、と。
自分が相手にした事が無いような大多数の人間に注目されているからといって、高々餓鬼一人に正論吐いたくらいでこれなのだ。
これじゃあ50人規模の隊長程度で精一杯だ。
農民上がりの兵士じゃここが限界だな。
多分言い切った後の俺は相当得意気な顔をしていたのだろうよ。
はっ!気色悪いぜっ!
そうやって自分を何とか白けさせていた。
『…グズッ』
『…え?』
だが、俺はそれに集中する余り目の前の変化には気付いていなかった。
『ぼっ、僕だってっ…グズッ』
おぃおぃマジかよ。
え、まさか、嘘だろ、こいつ、泣くのか?
『僕だってっ、こっ、グズッ、こんな事になるなんてっ…グズッ…思ってなかったんだっ!うわぁぁぁ!』
そう言い切るとこいつは大勢が見守る中で大声で泣き出した。
えー…。
でも…そうだよなー。
こんな平和ボケした奴が好き好んで補助役も付けずに一人でのこのここんな所来るはずないよなー。
けど、だからって泣く事ないだろに。
お前仮にも男だろ。
それに見てみろよ周りを。
これじゃあ俺がこの餓鬼を泣かせたみてぇじゃねぇかちくしょう。
…まぁ実際そうなんだけどさ。
あの兵士なんて、うわぁーあいつ子供泣かせたー大人気ねー、みたいな目で見てきやがる。
だけどなぁ違うだろ?
悪いのは別に俺じゃなくないか?
実際こんな指揮官にお前らだって命預けたくないだろ?
どうせ戦闘が起きたら真っ先に逃げんだろ?
俺は逃げるぜ?
お前ら善人ぶってんじゃねぇよこんちくしょう。
俺は嫌な視線を受け、背中を冷汗で濡らしながら、今も尚泣き続けるこの餓鬼に目をやる。
…確かにこの餓鬼にはちと言い過ぎだったかもしれん。
それにこの空気は俺がどうかしないといけなようだ。
このまま放置ってわけにもいかんだろうし…。
あー。
本当貧乏くじ引いちまったよちくしょー。
『…な、なぁ』
『うわぁぁぁ!』
『…』
な、何言えばいいか全然わかんねぇー!
『わ、悪かったよ、俺も言い過ぎたよ…な?』
『うわぁぁぁ!』
『…』
どうすんだよこれ。
なぁどうすんだよこれ。
おぃ、お前今目が合っただろうが。
目逸らすんじゃねぇよちくしょう。
どいつもこいつも他人事かよ。
だいたい俺は餓鬼の扱いなんて知らねぇんだよ。
あ?自分が餓鬼の頃を思い出せだ?
はっ、んなもん物心着く前に二人とも仏様だっつーの!
『そ、そうだよな!?お前だって自分で望んでこんな怖い場所になんて来たくなかったよな!?』
あー…。
何言ってんだろ俺。
『…』
『…なっ?』
『…』
『…そうなんだよ…なっ?』
『…』
『…』
『…』
『…は?』
なんでそこで黙んだよぉぉぉぁあ”?
なんだよ!