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烈戦記

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第一話 〜門出〜






『…それじゃ、行ってくるね』

別れの言葉に返事は無い。

裏庭にある大きな木の下で、こぼれ日にちらちらと照らされる簡易な叔父さんのお墓。
叔父さんは最後まで質素を好んでいた。
僕の父さんはこの村の近くにある関の守将をしていて、その弟にあたる叔父さんは望めば生活はもっとぐんと良い生活ができた。
実際父さんも自分の下ではあるが県の役職を叔父さんに進めていた。
だが叔父さんは民草の方が気楽でいいとそれを断っていた。
そんな叔父さんの最後のお願いはこの木の下に埋めて欲しいという事だった。
確かに叔父さんの性格ならこれ以上無いくらいうってつけな場所だ。
思えばこの木には随分と思いれがある。
僕がまだ小さ…いや、幼い…。

僕がまだ"小さい"頃からずっと家の庭にあり、よく遊び相手になってもらっていた。
まぁ、僕が木に登って落ちてしまったのをキッカケにそれまでは何も言わなかった叔父さんに木登りを禁止されてからは家のシンボルみたいな感じになっている。

『…』

一瞬久々に登ってみようかと思ったがやめた。
これから父さんの元へ赴くというのに怪我でもしようものならまた父さんや周りの人達にからかわれるに決まってる。
僕はもう子供じゃないんだ。
そうだとも、僕はもう子供なんかじゃ…。

『…はぁ』

…なんだか虚しくなるからやめよう。
それにそろそろ出ないと日が暮れてしまう。
叔父さんに別れを告げ、ひとしきり思い出にふけって満足し、家の裏口から家の中へと入る。
寝床と本棚、主だって目につくのはそれくらいしか無い家。
何度も父さんの関と村を行き来してはいるが、やはり僕にとってはここが一番落ち着く。
…今までは叔父さんがいたから僕は父さんの所に気軽に行けたが、もうここには僕以外の主人はいない。
ここを離れればこの家はどうなるのだろうか。
そう思うとこんな場所でもやはり寂しさを感じる。

トントンッ

戸を叩く音で我にかえる。
いけない。
ここに居ては後から後から叔父さんとの思い出が湧き出てくる。
僕は一息ついて改めて心を決めた。

『すぐ行くよ!!』

寝床に置いておいた得物を手に僕は戸を開けた。



『お待たせ』
『忘れ物はございませんか?

『うん。待たせてごめんね、凱雲』

僕を戸の外で待っていてくれたこの凱雲という男は昔から父さんの事を慕ってくれていて、部下として父さんの仕事を手伝ってくれているらしい。
その関係から僕も良く遊び相手をしてもらったり、今日みたいに父さんのいる関までの道中を護衛してもらったりしていた。
背が2mにもなろうかという大男で得物の大薙刀は大抵の大人達は振り回す事はおろか構え一つもままならないものを片手で操る偉丈夫。
かといってその剛力に任せた事はせず、性格は冷静で寡黙。礼節を重んじていて読書を好むという変わり者…だと思う。
実際僕は父さんの関に所属する武官の人達を見てみても誰も彼の様な気質を持つ者を見た事が無い。
そんな彼の事を父さんも信頼して自分の家族を任せている。
そんな二人を見ていると、これが理想の主従関係なのかと思わされる。

『では参りましょうか』
『うん』

凱雲は連れてきていた二頭の内、一頭の馬の手綱を渡してくる。
それを受け取り馬の横に立つ。

『…』
『…豪帯様』

本当にこの瞬間だけは毎回心が折れそうになる。
僕は一息置いて凱雲に声をかける。

『凱雲』
『はい』

凱雲は何も言わずに僕の体を持ち上げると馬に乗せてくれた。
…そうなのだ。
恥ずかしい事に僕は馬に一人で乗れないのだ。
しかも、馬術云々では無い。
"背"が足りないのだ。
もう18歳にもなるのに僕の背は未だに160辺りなのだ。
最初の頃は周りの人も馬に乗るのには人の手を借りなければいけない僕にあれこれ励ましの言葉をくれたものだ
それすら僕の心を削りとる凶器になるとも知らずに。
凱雲は道中の護衛役という事で今では手慣れたように接してくれるが、最初の頃は彼の性格上とても気をつかってくれるので死ぬ程恥ずかしかった。
現在はこの短いやり取りが僕らの間で成立している。

『…僕、きっと大きくなるからね』

物理的に。


『はい』



まず始めに向かったのはこの県を担当する県長の所だ。
この人は7年前に父さんがこの群の太守から関の守将に任命されたさいに父さんと変わって県長になった人で、僕がこの村で叔父さんと二人で住んでる時や、叔父さんが亡くなってからなどお世話になった人だ。
勿論父さんが自分の目上の人間だからということもあるだろうけど、時折家に顔を出しては物を家に持ち込みたがらない叔父さんに変わって自分の読み終えた書物なんかを譲ってくれたりした。
叔父さんはただでさえ狭い家の中がさらに狭くなると渋っていたが、叔父さんの手伝いである農作業と木刀の素振り以外やる事が無い僕にとってはとても興味を惹かれるもので、これには叔父さんも渋々了承してくれていた。
そして今回この村から関の方に戸籍が移るという事で最後の挨拶に向かうのである。

『あ、帯だ!!』

村の中を歩いていると急に名前を呼ばれて振り返る。
すると普段遊んであげている村の子供達がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

『見送りですかな?』
『かな』
『随分と慕われてるようで』
『へへっ』

見送りに来てくれたのかな?
そう思うと少し照れくさくなった。

『帯!!』
『帯ちゃん!!』
『なんだなんだお前達!!わざわざ僕の見送りに来てくれたのか?』
『え?帯ちゃんどっか行っちゃうの?』
『え?』
『え?』

一瞬変な空気が流れる。
そして隣の凱雲の横顔を横目で見るとそれに気づいた凱雲は決まりの悪そうに咳払いをする。
なんかすごく恥ずかしい。
慌てて話を続ける。

『お、お母さん達から何も聞いてないの?』
『聞いてないよ?』
『俺達はただいつもみたいに帯と遊んでやろうと思ってただけだぜ?』

なんでだろう。
一応それなりに村の人達とは前々からこの村から離れるという事は伝えてたつもりなのだが、どうやらこの子達は何も聞かされていないみたいだ。
あと遊んでやろうってなんだ。

『帯ちゃんどっか行っちゃうの?』

女の子の一人が聞いてくる。

『うん、もうこれから"遊んであげられなくなる"けどみんな仲良くな』

そう言ってさっき遊んでやるとかぬかしやがった男の子をわざとらしく見る。
なんか眉をしかめている。
へっどうだ。

『えー やだ!!』
『帯ちゃんどっか行っちゃうのやだ!!』
『もっと遊ぼうよ!!』

成る程。
こうなってはスッキリ見送りもできないだろうとわざと子供達には伝えていなかったのか。
それでもやはりこんなにも別れを悲しんでくれる人がいるのは正直に嬉しい。
不意に口元がにやけてしまう。
隣の凱雲を見れば、彼もまた微笑ましく笑顔で返してくれた。
そんな雰囲気の中。

『帯"が"寂しいだろ!!』
『おいちょっと待て』

僕は聞き逃さなかった。
まぁ僕も大人だからね。
一回くらいは見逃してやるつもりだった。
が、凱雲がいる手前、これ以上恥をかかされては堪らない。
僕は颯爽と馬から降りる。
そして彼の前に立つ。
作品名:烈戦記 作家名:語部館