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烈戦記

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だが、不思議な事に今日は訓練の時の声が聞こえてこない。
ただでさえ兵士達は休憩がもらえているのか心配になるくらい終始訓練をしているのにその気配がない。
凱雲はおろか、兵士達すら練兵所にはいないのかもしれない。
だが、ここまで来たからには中の様子を確かめずにはいられない。
僕は練兵所へと足を踏み入れた。



『…え?』

練兵所の中に入ってまず出た言葉はそれだった。
そこにはいつものように兵士達がいた。
だが、地面に座りながら何やらみんなで話をしているようだっだ。どうやら談笑ではないらしいが、もし訓練中なら凱雲から拳をもらうであろう状況が広がっていた。

だが、凱雲はいない。
訓練中ではないのか?
ならいったい彼らは兵舎から出て来て何をしているのだろうか。

『ん?あっ!おいみんな!帯坊だ!』
『あ!帯坊!』

一人の兵士が気付くとみな一斉に立ち上がり僕の方に駆け寄ってくる。
だが、いつものような雰囲気ではない。
みな思い思いな顔をしていた。
いったい何があったのだろうか。

『なぁ帯坊!凱雲様を知らないか?』
『え?』
『凱雲様が一行に練兵所に現れないのだ』

凱雲がここにはいない。
なら凱雲はどこにいるのだろうか。
まったく想像ができない。
それより。

『みんなはどうしてここに?凱雲に呼ばれてたの?』
『え?いや、違う』
『?』
『なんというか…その』
『癖じゃな。毎日が訓練ばかりなせいで呼ばれんでも皆ここに足を運んでしまったのよ』
『そうじゃ。誰一人として遅刻せなんだな』
『そうじゃそうじゃ皆凱雲様が怖いんじゃな!』
『はははっ!』

なんというか凱雲はなんだかんだでみんなから愛されてるんだなって思った。
だが、今は関係無い。
ここに凱雲がいないなら別の場所を探さねば。

『あ、それより帯坊!』

兵士の一人に名前を呼ばれる。
いったい次はなんなんだろう。

『なんか帯坊の周りで大変な事になってるらしいじゃないか!』
『そうじゃ!昨日は大丈夫だったのか??』
『豪統様が痣だらけになる程殴られたというのは本当か?!』

もう情報が回っているようだ。
みんなから一斉に質問攻めにされる。

『うん!心配無いよ!大丈夫だよ!だから一人づつ!一人づつ!』

まずは周りを静かにさせる。

『州都から来た奴が豪統様を殴ったというのは本当か?』
『…うん』
『なんて野郎だ!どんな奴だ!?』
『俺が叩きのめしてやる!』
『やめてよ!』

みんなが一気に沸騰しそうになるのをなだめる。
…それができれば僕だって。

『いい!?絶対勝手な事しちゃ駄目だよ!?』
『なぜじゃ!?私等の豪統様が殴られたんじゃぞ??』
『そうじゃ!いくら上役だろうが黙ってられるか!』
『帯坊は悔しくないのか!?親が殴られたんじゃぞ!?』
『…ッ』
『おいお前!』

ドカッ

『ウグッ』

一人の兵士が違う兵士に殴られた。
周りがどよめく。

『いてて…なんじゃ急に!』
『言っていいことと悪い事があるじゃろ!帯坊の気持ちを考えてみろ!』
『なら黙ってろってか!?ふざけんな!腰抜け!』
『んだとてめぇ!』
『おいお前らやめろよ!』
『うるせぇ!』

『二人ともやめてよ!!』

二人が取っ組み合いになりそうな所を割って入る。
息を荒げた二人の鼻息以外静かになる。

『…僕だって悔しいよ。父さんが目の前で最低な奴に殴られて謝ってさ…。でも…僕らが我慢しなきゃ、きっと父さんがさらに責任を負わされて奴にいじめられるんだ…。だから…僕だって本当は…。』

地面に水滴が落ちる。
いつの間にか僕の目からは涙が出ていた。

『…帯坊』
『…ッ』

さっき僕に悔しくないのかと言った兵士が僕の目の前で膝をつく。

『帯坊ッ!すまんかったッ!ワシは頭に血が登るあまりに帯坊の気持ちも考えんと…ッ!』
『だ、大丈夫だよ!頭あげてよ!』
『すまんかった…ッ!すまんかったッ!』

その兵士は泣きながら頭を地面に擦り付け続けた。
気づいたら周りの兵士達もみな涙を浮かべていた。

…そうだよね。
みんな悔しいよね。
みんな父さんの事大好きだもん。
だから。

『…みんなもいい?絶対に問題起こしちゃ駄目だからね?』
『…』

どうやらみんなわかってくれたようだ。
だからこそ僕はみんな以上に頑張るよ。
大好きな父さんをこれ以上傷付けない為に。


『と、ところでさ!?凱雲がここにいないってなると、どこにいるかわかる!?』

僕は急いで涙を拭って笑顔を作る。
だが、一度落ち込んだ雰囲気は中々消えない。
いったん彼らをこの場に放置した方がいいのかな。

『…多分北門じゃないか?』

一人の兵士が答える。
北門?
何故?

『ワシは昨日内宮に呼ばれた一人なんじゃが、兵の受け入れをしろって言われてたから多分そこじゃないか?兵士の何名かも今朝急に北門に呼ばれたみたいじゃし』
『本当か?そんな話ワシは聞いとらんぞ?』
『ワシもじゃ』
『あ、ワシは数名北門に行った事は知っとるぞ!兵舎から今朝出て行くのを見たぞ!』

どうやら凱雲は北門にいるようだ。

『ありがとう!北門に行ってくる!』

僕は急いで練兵所の出口へ向かう。
だが、一つ気がかりを思い出し振り返る。

『あ、みんなはこれからどうするの?』
『ん?そうじゃな…』
『やる事がないなら兵舎に戻っててもいいと思うよ?多分凱雲は訓練どころじゃないと思うし…』

そういえば凱雲は昨日父さんの仕事もしてたんだ。
そして凱雲にも多分訓練以外にも仕事があるはずだ。
そして今、普段日課にしてる訓練を放置してる辺り父さんの仕事を優先していたのだろう。
そう考えると凱雲は今日訓練所に顔は出せないだろう。
それに普段から訓練ばかりなのだ。
たまには休暇も必要だ。

だが、兵士達の反応は違った。


『だったら尚更俺らは堕らける訳にはいかんじゃろ』
『え?』
『じゃな。帯坊達が頑張っておるんじゃ。ワシらだけ怠けとるのもバチが当たるわい』
『それに凱雲様の事じゃ。私等が訓練を疎かにした事が知られでもしたらそれこそ"貴様ら!兵士の自覚があるのか!"と殴られそうじゃわ!』
『はははっ!確かに言いそうじゃ言いそうじゃ!』
『よし!そうと決まれば訓練じゃ!』
『『オーッ!!』』

驚いた。
彼らがこんな真面目な事を言うなんて。

でもよかった。
みんなにまた活気が戻った。
これで安心して僕は僕の役目に集中できる。

僕は練兵所を後にした。



北門に近付くにつれてどんどん人が減っていった。
こんな事はこの狭い陵陽関ではまず起こりえない。
やはりこの先では凱雲が何かしら兵士の受け入れの為の準備をしているのだろう。

そう思うと普段が混雑している事もあり、自然と僕は小走りになっていた。



『急に北門を使うなと言われてもこっちも困るよ!なんとかしてくれよ!』
『本当に申し訳ない!だが勘弁してくれ!こちらも急だったんだ!』

北門に着くと、一人の兵士が何やら商人達と揉めていた。
多分受け入れ関係だろう。
話の途中ではあるがあの兵士に凱雲の居場所を聞こう。


『いや困る!もう受け入れ先が着く頃なんだ!なんとかしろ!』
作品名:烈戦記 作家名:語部館