烈戦記
『なんだ?そんなちっぽけな賊もうち取れないのか?』
『…申し訳ございません』
『はははっ!安心しろ豪統!俺がお前の尻拭いをしてやるよ!』
『ありがとうございます…』
もう少しの辛抱を…。
『洋班様、討伐軍はいかがいたしますか?この城には動かせる兵が500程いますが』
『ん?なんだお前。さっきとは違い随分と主を差し置いて積極的じゃないか?』
『いえ、ただこの関の兵を預かる身なので…』
『ふん…まぁいい。だが兵士はいらん。』
『…兵は使われないのですか?』
『いや、兵士は別に用意してるからな』
『と、言いますと?』
『もう少ししたら2000の兵が徐城より送られてくる。そいつらを俺が指揮する』
つまりこいつはその兵士達より先行してこの関へと来たわけか。
『遅くても明日の昼には着くだろう。兵が到着次第準備に取り掛かる。兵を受け入れる準備をしておけ。』
そういうと洋班は席を立ち、出口へ向かおうとこちらえ歩いてくる。
私達二人は出口への道を空けて礼をとる。
横に来た豪帯様を横目で見ると目には涙を溜めていた。
無理もない。
目の前で尊敬する親が嫌いな人間に対して好き勝手言われ頭を下げている場面を見せられたのだ。
そしてそれを自分ではどうする事もできない。
…さぞ悔しい事でしょう。
もう少しの辛抱です。
だが、洋班が私達二人を過ぎようとしたところで立ち止まる。
それを感じとった豪帯様は身構えた。
だが、標的は豪帯様ではなかった。
『…なぁ、凱雲とか言ったな?』
私だ。
ここに来た直後のやり取りが原因か。
となると幾ら脅しはできても私も奴より遥かに格下の地位だ。
腹を括らなければいけない。
覚悟を決める。
『お前、俺の部下になれよ』
だが、そんな私の予想は以外な言葉で吹き飛んだ。
『…お戯れを』
『冗談で言ってんじゃねえよ。確かに俺はさっきといい昨日といい二回もお前に辱めを受けたが…。だが、そんなお前の肝玉を買ってんだ。それに腕っ節だって相当自信あんだろ?』
『いえ、そんな事は…』
『その謙虚さもいい。どうだ?悪い事は言わん。こんな辺境のへなちょこ親子の下より俺の下の方がよっぽど出世できるぜ?』
そう言いながら洋班は隣の豪帯様に目をやる。
豪帯様の拳に力が入ったのがわかった。
…悔しいでしょう。
しかし、申し訳ございません。
『お褒め頂きありがとうございます。…確かにここではこれ以上の待遇は望めませんな』
『…っ!』
『…』
『ふんっ。それでいいんだ』
この凱雲、いくら相手が相手であっても腕を買われたのは武士としては誉な事だ。
…だが。
『しかし、貴方の下よりは幾分もマシでございましょう』
『え?』
『!?』
『貴方の器量では私は使いこなせないという事ですよ、烈州州牧の 息 子 殿』
『き、貴様…っ!』
『…凱雲』
間接的に貴様と豪統様では器量が違うと言い放つ。
そもそも貴様の様な青二才の下で出世したところで武士として何を誇れようか。
私の主は豪統様ただ一人。
そして我が主を穢す者はこの凱雲が許さない。
本来ならこの餓鬼をこの場で即座に叩き斬ってやるところだが、主の命がある。
…命拾いしたな、小僧。
『凱雲…ッ!貴様の名覚えたぞ…ッ!』
『光栄にございます』
『…ッ!』
そう言うと洋班は即座に内宮を後にした。
豪帯様は安心したのか一気に膝をついた。
お疲れ様でございます。
…だが、私はまだこれからだ。
『…凱雲』
豪統様に呼ばれる。
『我が主は豪統様だけでございます』
『誤魔化すな!』
『え…と、父さん!?』
近付いて来た豪統様に胸倉を掴まれる。
それを見て何故豪統様が怒っているのかわからない豪帯様が慌てだす。
周りの兵士もそれを見て慌てていた。
『何故だ!何故あの村の事を喋った!答えろ!』
『父さん!やめてよ!凱雲は僕らを守って』
『帯は黙ってろ!』
『ッ!』
豪統様は怒りのあまり豪帯様に怒鳴る。
それを受けた豪帯様は完全に怯んでしまった。
『何とか言え!凱雲!』
『我が主の望みを叶える為にございます』
『ふ、ふざけるな!』
ドカッ
顔に豪統様の拳を受ける。
だが、私の方が体格があるせいで怯みはしない。
それを見て豪統様は悔しそうに若干私から後ずさる。
少し冷静さを取り戻したのを見計らって私は膝を着いて平服する。
『…勝手な真似をした事は存じております。本当に申し訳ございませんでした。…ですが、蕃族との争いを避けるにはあの村を引け合いに出さねば…』
『だがっ!彼らは、彼らは賊ではない!彼らは…私の民だ…』
『…』
そうだとも。
豪統様はいつだってこうだ。
豪統様が言われる村の民とは、元々村だったところを根城にする紛れもない賊なのだ。
豪統様が関将に就任した時に行った政策の内の一つとして治安向上の為に行った周辺の賊に対する討伐を行った事があった。
その頃は関外では賊の根城は幾つもあり、それはそれは大変であった。
その掃討作戦の時に出会った賊の一団なのだが、この時に豪統様は意図的にこの賊を見逃したのだ。
理由は『彼らは更生の余地がある』とか。
実際他の賊とは違い、私服を肥やす為に活動しているわけではなく、村を上げて国の重税から逃れる為に徒党を組んだ一団なのだ。
その為、豪統様は掃討作戦が大方片付いた時に税などを公平に戻し、国への帰順を促した。
しかし彼らは帰順を望まず、独自の自給自足を望んだ。
理由としては国がまだ信用できないだとか。
そこで豪統様はこの一団に対してある約束を交わされた。
その約束と言うのは自分が関将である内は村の独立を容認する。
その代わり、他の村々への盗賊行為の禁止といつでも安心したら帰順しろという、まともな官士が聞いたら頭を抑える程に甘ったれた約束だ。
私も当時は反対したが、豪統様は聞き入れず『善政によってあの一団を解体する事を目標にする』と突っぱねられた。
そしていつの間にか近隣の村々ではあの村の事を独立の象徴と言うようになっていた。
最近ではあの一団の構成員の数は次第に減少しているらしく、残っている人間も独立の象徴として一団を存続させているに過ぎない。
…確かに害をなさないのだから賊では無いのかもしれない。
しかし、彼らに犠牲になってもらわねば我が国はそれ以上の虐殺をしなければいけない。
その事は豪統様も分かっておられるのでしょう。
だが、その優しさからいざと言う時に決断ができない。
…だからこそその辛い決断は私が引き受けましょう。
『…私は彼らを守ってやれないのか?』
『はい、全ては多くの民草の為に…』
自分で言っておいて反吐が出る言葉だ。
民を犠牲にしておいて何が民草の為か。
だが、私はそれでも言い切らなければいけない。
…すまない、村の民よ。
『…』
『…では私はこれより兵の受け入れの為に準備をします。豪統様は部屋でお休みになっていて下さい。』
『…すまない』
『いえ。…私が言うのもどうかとは思いますが、心中お察しします。』
『…ありがとう』
そう言うと豪統様は豪帯様に近寄る。
『…帯。辛い思いをさせてしまってすまないな』
『…』
豪帯様は一旦ふさぎ込んだが直ぐに顔を上げた。
そして。