烈戦記
第四話 〜対峙〜
この国は5年前、現在の皇帝鮮武によって統一された。
そして国号を零と定める。
そして彼が、正しくは今は亡き零の丞相姜燕が統一後まず行った政策は国々によって独自に分けられていた地域の整備であった。
それまでは各々の国々が独自の地域区分を持っており、領土バランスがバラバラな状態であった。
それを姜燕は土地毎の統計を元に併合、細分化を図った。
まず全国を15の州に分け、更にその下に郡を置いた。
そしてその下に県を置き、領土バランスを整えだ。
州牧、それはその州を管理する責任者。
即ちその州の最高権力者である。
そしてそんな人間の息子を名乗る人間が今、僕の目の前にいた。
『どうだ?声も出ないだろ』
言葉が出ない。
その理由は二つある。
まず半信半疑なのが一つ。
何故そんな人間がこんな辺境の関に来ていて、そして旅人用の宿舎なんかにいるのか。
何かの勘違いにしたってどうみてもこの宿舎は民草の施設である。
これは何かの脅しではないかと疑ってしまう。
しかし服装や話し方からは、ここら辺の人間では無い気もする。
そしてもう一つは、仮にこの人間が本当に州牧の息子なら、僕はとんでもない暴言を吐いた事になる。
いくら僕の父さんがこの関の責任者であっても、たかが一拠点の長である。
この関を領内に収める郡はおろか、更にそれら郡を束ねる州の長には到底及ばない。
まずい事になった。
僕の青ざめた顔を見て、目の前の羊班を名乗る男は口元をいやらしく歪ませた。
『…で?そんな俺に対してお前は"馬鹿"と言ったな?』
『…っ!!』
何も言えない。
仮に正当性がこちらにあったにせよ、僕は遥上の人間に向かって暴言を吐いてしまったのだ。
それは変わらない。
『なんとか言えよ、え?』
だが、それでも権力によって権利を奪うのは間違っている。
それに、それは権力を持つ人間がする事ではない。
僕は口を開いた。
『貴方に対して暴言を吐いたのには素直に謝りましょう…しかし、元々正式にここの部屋を借りていたのは私です。そこに無断で上がり込むのはいくら州牧様のご子息様でもいけない事だと思います。』
『はぁ?お前何言ってんの?』
『え…?』
『俺はな?この烈州を治める人間の息子なわけ。つまりこの烈州では親父が法であり、その息子の俺が正義なの。わかる?』
空いた口が塞がらない。
無茶苦茶にも程がある。
しかし目の前の人間は、その冗談の様な理論を本気で信じているようだ。
僕はこんな人間と対峙するのは始めてで、どうしたらいいのかわからない。
続けて羊班は口を開く。
『これだから田舎者は嫌いなんだよ。世の中の常識を知らなさすぎて話にもなりやしない。息子がこの調子だと親の方もたかが知れるな』
『…おい』
『あ?』
『父さんの悪口だけはやめろ』
父さんが馬鹿にされた。
しかも、こんな訳のわからない奴に。
僕は必死で手が出そうになるのを堪えて警告した。
だが、羊班は怒りで震える僕の拳に気付き口元をニヤつかせた。
『やめなかったらどうすんだよ、豚子』
僕の身体は考えるよりも先に布団の上にいた羊班へ飛びかかっていた。
しかし、挑発の前からその行動を察していた羊班は布団から飛び退いて腰にあった剣を引き抜く。
『かかりやがったな馬鹿め!!これで名実共にお前は烈州に反逆した賊だ!!』
『なっ!?』
『これよりこの羊班が直々に処刑してやる…覚悟しろ』
ふざけるな。
元々部屋に勝手に上がり込んだこいつに非があるのに、謝るどころか散々貶してきた挙句命まで奪おうとする。
そんな事が許されてたまるか。
それはもう国の役人のする事ではなく、それこそ賊と変わらないじゃないか。
僕は自分の腰の得物に手を伸ばす。
『お?やるか?』
反応から見るにこいつもそれなりに腕には自信があるようだ。
だが関係無い。
僕だってわざわざ遠い村から関にまで毎回遊びに来ていただけではない。
僕は腰帯から得物を抜いた。
『ぷはははは!!腰に手をやるもんだから剣かと思えばなんだ、ただの鉄鞭じゃないか!!』
羊班は急に笑声を上げた。
まぁ無理もないかもしれない。
この男が笑うように鉄鞭と言うのは剣の様な形で、刃の部分だけが棒状になっている打撃武器で基本的には刑罰や拷問に使われるものである。
それを剣の変わりに持ち歩いているのだ。
機から見れば可笑しな話である。
だがこいつは一つ勘違いをしているようだ。
まあそれは時期にわかるだろう。
『親父からもらったこの名剣の初の相手が鉄鞭では格好がつかんが、まあいい。この剣の切れ味、その身体で為させてもらうぞ』
『喋ってばかりいないで早くこいよ』
『…言ったな?』
羊班はしっかりと重心を落としてジリジリと距離を詰めてくる。
流石にあちらも闇雲に突っ込む事はしてこない。
こちらとしては飛びかかってくれた方が組みしやすいが、どの道僕の戦い方では自分から攻めには回らない。
僕も相手の剣先に全神経を集中させて時を待った。
そしてついにその時がきた。
羊班は間合いに入ったと見るや否や剣を大きく振りかぶりこちらに飛びかかってきた。
それを見て僕は剣の軌道を予測して頭上に鉄鞭を構え、受けの態勢に入る。
『もらった!!』
羊班が叫ぶ。
だが、それはこちらの台詞だ。
キンッ
金属と金属がぶつかり合う音がした。
羊班は驚いていた。
自分の剣は鋭さでいえば相当なものであった。
名剣と言われて渡されたその日に切れ味が気になり、家畜を斬り殺した事があった。
だが余りにも面白いように切れるものだから試しに兵士から奪った剣に振り下ろしつみた。
そしたらその剣は金属のぶつかり合う音と共に裂けるように真っ二つに切れた。
それ以来ずっとこの瞬間を想像しながら待っていた。
敵が自分の剣を受け止めた時、果たしてどんな顔をして死んで行くのかを。
それは恐怖なのか。
それとも驚愕なのか。
そして家畜ではない、同じ人間を切る感触。
羊班はそれら全ての期待をこの一振りにかけていた。
だが、結果はどうだ。
目の前の鉄鞭は俺の剣を全く通さないではないか。
めり込みもしていない。
一瞬羊班の剣から力が抜ける。
それを豪帯は見逃さなかった。
『はっ!!』
『ッ!?』
カキンッ
渾身の力で羊班の剣を跳ねあげる。
なんとか剣を握り締めて持ちこたえたみたいだが、体制を立て直す隙は与えない。
立て続けに斬撃を打ち込む。
キンッ
キンッ
キンッ
『っく!!』
辛うじて僕の斬撃を受け止めてはいるが、どんどん後ろへと押し込んでゆく。
しかし、いつまでもこの状態は続けられない。
生憎部屋は狭く、羊班のすぐ後ろには壁が迫っていた。
もう少しだ。
キンッ
ドンッ
『なっ!?』
『せいや!!』
体重を乗せて一気に振り上げる。
カキンッ
サクッ
どうやら名剣と言うのは本当だったようだ。
打ち上げられ、回転しながら宙を舞った羊班の剣は地面に吸い込まれるように突き刺さる。
勝った。
『…あぁ』
信じられないといった顔をしながら自分の剣を眺めている羊班に僕は鉄鞭のひっ先を向けた。
『ひっ?!』